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受け継がれる仏の息づかい 真庭市鹿田 大寺山勇山寺(おおでらさん いさやまじ)  住職 西川 志門さん


真庭市鹿田の地、背後に山が迫り、眼下には広々とした田畑が広がる環境に建つのが勇山寺だ。平安時代に、九条家の祈願所として信仰を集めた歴史を持つ。

道の駅『醍醐の里』から見えるお堂(庚申堂)のあるお寺といえば、すぐ分かる人も多いと思う。今回は、勇山寺の住職、西川志門さんに話を聞いた。




 





 勇山寺の本尊は、行基の御作と伝わる秘仏・薬師如来である。秘仏のため通常は拝観できないが、33年に一度、開帳される。

また、節目ごとにも開帳があり、創建1300年の節目に、前回は住職交代の行事である晋山式に開帳した。

この開帳を心待ちにして訪れる参拝者も多く、薬師如来の表情については「優しいお顔ですね」と多くの方が口にする。開帳前の10日間は掃除や準備に加え、檀家の協力もあり、80件少々の檀家から連日10人以上が手伝いに訪れたそうだ。檀家に親しまれている寺だという事がよく分かるエピソードだ。


 本堂には、薬師如来、客殿の方には、不動明王、矜羯羅童子、制多迦童子の3体がワンセットで安置されており、いずれも国の重要文化財に指定されている。

参拝者は、ご詠歌の『ゆるぎなき 佛の慈悲を あ於ぐみは いざやまでらに いそぎまいらん』に心を寄せ、日々の祈りを捧げる。

御朱印については通常は書置きで日付なしの形式で用意され、お布施をして持ち帰る仕組みになっている。そのため、日付けが入らないなどの問題もある。

しかし、住職がいても御朱印を書きなれていないためか、「得意でないし、日付けを入れ忘れ、日にちを入れてくださいと求められることもあるんです」ということだそうだ。








 勇山寺を管理するのは、若い住職の西川志門さん。神戸の寺では副住職として、勇山寺では住職として2カ寺を兼務しており、護摩法要の前日から勇山寺に滞在する他、葬式や法事なども神戸から来て対応する。

元々祖父の代までこの地で住職をしていたが、父親の代で神戸、倉敷、そして勇山寺の3カ寺の住職を務めるようになっていた。

今は、倉敷の寺を他の住職にお願いしているという。

 普段は誰もいないため、お寺の全ての施設は施錠してあり、残念ながら外観の観覧しかできない。しかし事前に連絡があり調整が付けば、国指定の重要文化財のうち、本尊である薬師如来は33年に一度の開帳なので見られないが、不動明王立像・二童子像のセットについては、施錠を外して間近で参拝することも可能なので、せっかくなので来る前に連絡して欲しいということだ。


 鹿田の地域では、非常に珍しい仏教文化が続いている。

葬式では、鹿田にある3カ寺全てが、宗派を問わず集まり営むというのだ。

他の2カ寺は真宗仏光寺派。岡山県ではかなり珍しい宗派だ。

他寺の檀家の葬式の時は、前もってお互いに教本は渡しあっており、西川さんも他宗派の所作に合わせ、分かる部分だけでも口に出して教本を読み上げるそうだ。

また、葬式だけでなく盆や暮れの仏参りも、3カ寺がそれぞれに地域内の家庭を廻り仏壇を拝むのだ。

岡山県では他にもこのような文化があると言うのだが、実際に聞いたことも初めてで、かなり珍しい。年に2回ずつ計6回のお参りがあるのだ。鹿田という地域が地域を上げて3カ寺を支え守るという地域の結びつきの強さと心意気が感じられる。


 岡山県北では、都市部以上に急激に人口が減少している。当然、檀家も減っていく。

そんな中で、地域の文化の中心となる寺を、守りつづけることの大変さを感じているのだそうだ。

特に費用面はそうだ。日々の経費もそれなりにかかる。また保存、修理など、どうしても必要な大きな費用もあるのだ。件数が少なくなると一件当たりの負担も、当然大きくなる。

檀家の負担をなるべく増やさずに、寺院経営を維持する。まだこの先も向かい合わなくてはならない、答えが出にくい難しい問題だ。

「他のお寺さんもそうだと思うけど、今はどうすればいいか誰にも正解が分からないので、それぞれが工夫するしかない」とのこと。答えを見つけにくい課題だが、鹿田の地域文化と日本の文化財を守るために、今後も創意工夫を凝らしながら、地域一体となって頑張ってもらいたいものです。









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