
今回も加茂町を取り上げることとなった。今回は、行基開基とされる加茂町のお寺『眞福寺』だ。
山間にひっそりと佇み、四季折々の美しさを楽しめる心落ち着ける寺院だが、その一方で他にはない取り組みをしている。その一つが寺泊だ。
名前は眞福寺の宿坊「薬師庵」となっているが、実際は宿坊とは趣が異なり。お寺の運営する民泊といった方が正しい。
古い歴史を持ちながら斬新な寺院経営を行う、眞福寺の住職『仲井良宏』さんに話を聞いた。





一般的にお寺に泊まる宿坊は、寺院関係者の寝泊まりが起源となっているため「精進料理が出て」といったイメージだが、民泊が起源である宿坊「薬師庵」は、時間なども気にすることはなく、部屋を自由に使い、自炊をし、さらにはバーベキューを楽しんだりもできる。宿坊とは全く別なものと考えた方がしっくりする。これが受けてか、この秋には多くの外国人が利用した。
4月から今まで運営してきて、外国人と日本人の利用者の違いは、日本人は、遊びに行く拠点として宿泊所を考えているが、外国人の宿泊者は、その場所で体を休め気持ちをリフレッシュさせるために来ることだという。だから外国人の場合は、部屋でゆっくり本を読んだり、散歩をしたり、地域の祭りを覗いたりといったことが多いのだそうだ。
津山市加茂町の過疎化が進む中、その加茂町にある寺院も、地域と共に寺が衰退していっているという実感がある。
そこで、「まず加茂町をより多くの人に、もっと深く知ってもらい、加茂町にきてもらうことから始める」という思いに至った。
また、この眞福寺はサムハラ神社を建立した田中富三郎翁の菩提寺でもある。サムハラ神社は1868(昭和10)年、苫田郡西加茂村(現在は津山市加茂町)で富三郎翁が郷里に残る古い祠を再建したことが起源とされる。「サムハラ大神をあつく信仰していたため日清戦争と日露戦争で数々の危難をまぬがれた」という、富三郎翁の逸話から弾除けの神社として、全国的に有名な神社だ。
住職がこのサムハラ神社に一緒にお詣りをしてくれる企画は、日本人、外国人を問わずかなり人気があるという。住職が山岳修行する際の修験者のいで立ちで、宿泊者と一緒にサムハラ神社の山に登り、ほら貝を吹いてくれるのである。中には、感動で涙を流す人もいるのだという。
この企画は、足の悪い人でも、サムハラ神社の総代の許可をもらい車で山頂まであがる事も可能なのだという。
また本尊の薬師如来像の修繕では、クラウドファンディングを利用し費用を捻出するなど、数が減った檀家への負担をなるべく少なくする工夫を重ねている。
冒頭の寺泊も、寺院経営の収入の助けとして始めたのがキッカケだ。
「加茂町と眞福寺に賑わいを取り戻すまではいかなくとも、これ以上、衰退させないためにも、思いつくことは、どんどんやっていきたい」
その一環として、春には推定樹齢150年、高さ約25メートル、胴回り2メートル近い枝垂れ桜のライトアップも住職自らが照明を設置する作業を行い好評を得ている。
余り知られていないが、大師堂・護摩堂の奥にあり、遠目から見た方が荘厳で優雅な桜が楽しめる。
また仲井住職は、青少年育成の活動にも尽力している。現在週に一回、鏡野スポーツ少年団で柔道指導者として活動もしている。学生時代には関西の大会での優勝も経験しているという強者だ。鏡野スポーツ少年団は指導者5人が練習の参加者20人以上の子どもたちに対し、かわるがわる指導を行っている。会費500円を徴収するが、指導者として持ち出しの方が多く、指導者のボランティアの上にしか成り立たない地域スポーツの課題も何とかしたいと思い抱いているそうだ。
少々、話があちらこちらに飛んでしまったが、加茂の地位と共に眞福寺を守ることと、次世代の地位を支える青少年の育成を同時に行う、仲井住職の奮闘を紹介して、今後もその理念に対して応援を続けたい思う。
加茂の地に賑わいが戻る日まで、今後も頑張ってほしいものだ。

























