しつらひの梅ひと枝のうす明かり
案内(あない)のひとの足袋のうつくし
橋本 眞佐子
●新年を迎え、初釜であろうか。御茶事の一場面を切り取った素晴らしい一首。設(しつら)いとは亭主が茶室に客を迎え入れるために心を込めて、しかし華美になり過ぎないように、その席に合う御軸を掛け季節の茶花を活けて調(ととの)える事である。
掲出歌の作者は、茶席に招かれた客の一人だと推察できる。筆者も些(いささ)かではあるが、茶道の手解(てほど)きを二十年ばかり前に受けていた事がある。
躙(にじ)り戸を開け、腰を屈(かが)めてお茶室に入っていくのだが、作者はまずしつらいに活けられた梅の一枝に目が吸い寄せられた。それをまるでその梅にスポットライトが当たったように「梅ひと枝のうす明かり」とし、逆に茶室のほの暗さを表現している。そして案内の人の足袋の白さに目が移ってゆく。下の句を「亭主の足袋の眩しき白さ」とする手も有る。ピンと張り詰めた空気や亭主の袱紗捌きのかすかな音まで聞こえてくるような、新年に相応しい名歌の風格を感じさせる。
窓開き新しき風取り入れて
先駆けとして心あらたに
河原 洋文
●この歌も年の初めを意識して詠まれた歌の一首だと思われる。
内容は非常にストレートで、主張したい心情が詠み込まれている。作者はまだ初心者で短歌を作るにはどうすれば良い歌が詠めるか?模索中である。
まず、短歌は五七五七七の三十一文字に思いを込めて作る事が基本である。そこから考えればこの歌は所期の目的は達成されている。その次は歌の内容が読み手に伝わるかを考えなければならない。その事もほぼ伝わる内容である。
その次に高みを目指すとすれば、「短歌としての体裁」を整える事である。その点から言えば、この歌には名詞+助詞が整っていない。もちろん五七五七七の制約の中なので、「窓を開(ひら)き」と助詞を入れれば六字になるが、「窓を開(あ)け」とすれば解決出来る。短歌は奥が深くなかなか難しいと思われ、敬遠されがちだが作者は古希を過ぎてから短歌に挑戦されている。チャレンジ精神に敬服する。
病む友の家には今日も灯りなく
二階の干し柿寒風にゆれる
信清 小夜
●正月を迎えるために吊し柿を作り、二階のベランダに干してある景はよく見る。しかし、作者の友人は吊し柿を干した後に病を得たのであろう。
おそらく友人宅は独居のため、その人が入院すれば夜の灯りすら無くなりシーンと静まり返ってしまうのだろう。下の句に作者のもの悲しさが良く表現されている。
作者は友の病状を心配し、折角お正月用の吊し柿も皮を剥いて作られたのに、主の居ないがらんとした友の家は、いつもに増して寒さを感じさせられているのだ。
心優しい作者の気持ちが詠み込まれ良歌である。ただ、どうしてもという訳では無いが、下の句七七のところが八八と字余りが重なっている。字余りも許されるが出来れば少なく抑えたい。結句「寒風にゆれる」を「寒風まとふ」くらいにされてはいかがだろう?。寒風を纏(まと)うのは干し柿だけではなく、入院されている友人を心配されている、作者の心も冷たい風を纏っていることであろう。
青き空陽射しとびこむ部屋の中
今日の始まり手を合わす朝
堀内 あい子
●冬の朝は明ける時間が遅いが、それだけに朝焼けのあとに広がる青空は嬉しい。殊に年の初めを青空で迎えられると、それだけで一年間良い事が有りそうに思えるし、筆者は初日の出に手を合わすためにほぼ毎年近くの山に登っている。
この歌は、題詠として「新年を迎える希望や願い・明るい歌」に対して出詠され、まさに年の初めに吉兆を予感させる明るい歌である。
一昨年よりコロナやオミクロンといった病原菌に、人流を制限されたりコミュニケーションにもネットやズームといったパソコン通信を頼らざるを得ない、非日常の続く嫌な世の中である。こんな時代だからこそシンプルに、自然の太陽の陽射しが嬉しい。冬は低く部屋の奥まで差し込んでくる陽射しに作者は思わず手を合わす。
今日の始まりの積み重ねが一年間である。その意味でこのまま通る歌だが「今日の始まり手を合わす朝」は「年の始まり手を合わす朝」とする手も有る。
今月の短歌
雪を積む
木にも命の
温み在り
元旦ひそかに
蝋梅咲かす
矢野 康史
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矢野康史さん プロフィール
あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。
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