アットタウンWEBマガジン

@歌壇 短歌への誘ひ

2025年05月17日

春風が尾根の木立に時を告げ
 天に向かいし若葉の瞳
田原 泰雄
●短歌を始められて未だ日が浅い作者の作品である。今年、令和七年の新年歌会の時、新たに短歌の勉強を始めたいと入会を希望され西苫田公民館を訪ねて来られた。
 前年の暮れに筆者の~意外に知られていない~「日本語と文字の不思議」という津山市文化協会主宰の文化講演会を聴講に来られ、短歌に興味を持たれたのが入会希望の動機だったようで、この時は他にも四名の方々が我があさかげ短歌界の門を叩かれた。今後のこの作者を含め五名の新人がお互いに切磋琢磨して欲しいと願う。
 さて、掲出歌は早春の山の木々の芽吹きから春闌(たけなわ)の稚葉(わかば)の萌え立つ季節への刻(とき)の移ろいを謳(うた)いあげている。近代短歌では批判されがちな擬人法(春風が・・・時を告げ)や(若葉の瞳)を駆使されているが、筆者はこの作品では逆にこの擬人法が良く活かされていると評価したい。現代短歌では表現の自由化でより豊かな発想を目指し、伸びのびと流れの良い定型詩「短歌」を多く詠まれる事を期待している。

温もりの残れる吾子を抱きしめた
 三十年(みそとせ)過ぎても甦る日々
井上 襄子
●深い親子の情愛を強く感じさせる一首である。しかも作品の内容から逆縁(親の自分より先に子供に逝かれる)の悔いを読む人に伝える歌となっている。
 短歌は五・七・五・七・七の三十一音の定型詩である。逆に言えば三十一音しか文字を使用できないため、初心者ほど短く表現しようと、つい「悲しい」や「辛い」「苦しい」と直接的な言葉で伝えてしまいがちなのだが、それだと逆に歌から伝わる内容が読み手に軽く感じられる場合が多々有るのだが、上級者や熟練者になるほど事象を具現化、つまり具体的に表現する方法で読み手を自分の立場に持ち込める。
 掲出歌の場合、三十年も経過したまだ「温もりの残れる吾子を抱きしめた」その現場に読者を立ち会わせ、結句「甦る日々」が胸を締め付ける “作者の心の叫び ”として「悲しい」などの直接的表現より強く読み手に伝わるのである。何年経っても決して癒えることのない作者は重い十字架を背負い日々仕事に追われているのだ。

アスファルト染めるサクラを踏み締める
 歩み儚い母八十四
笠  光生
●この作者も、次の掲出歌の作者と同じでこのページの最初の掲出歌の作者と共に今年の新年歌会始めの時に入会を希望された五人衆の中のお一人である。
 まだまだ短歌は初心者の域を脱しないと思っていたが、この歌を頂いた時に少しこの作者の将来に期待ができそうな雰囲気を感じた。どの箇所が?と言えるほどではないのだが、細かい部分の未だ粗削りは否めないが、それこそまだ今年短歌を作り始めたばかりの作者が五・七・五・七・七の定型をきちんと守り、流れ良く歌に仕上げて提出されるのである。歌人と言われるベテランの中にも数十年経ても定型を守れず、酷い歌は三十一音が三十五を溢れるような作者も中には見られる。
 この歌は現代短歌に多いカタカナ用語を使用しながらも、内容は老いた母親の足許に目線を落とし、母を思いやる優しい気遣いを読み手に感じさせる歌に仕上げている。ただここのサクラは漢字表記の方が上のカタカナ表記を活かせるかと思う。

病癒え薔薇の香りの湯のなかで
 深呼吸する脳(なずき)奥まで
飯田 早苗
●新感覚の現代短歌を詠まれる作者である。前出の短歌同様まだこの短歌会に入られて日が浅いのだが、この作者は独自で新聞歌壇に投稿されていたらしく、全くの素人ではない作風を既に感じさせていて今後が楽しみな作者の一人である。
 とは言え、短歌は奥が深く巾広い知識と細やかな観察力を必要とする文学である。
表現は自由で、特に現代短歌は明治以降の近代短歌ほど文語調とか旧仮名使用といった堅苦しい制約は、これからの短歌には筆者も囚われる必要は無いと思っている。
だが、短歌の本質五・七・五・七・七の三十一音の定型と詠みの流れの良さだけは時代がどう変わろうとずっと守って欲しいと願っている。
さて、掲出歌だが結句の「脳(なずき)奥まで」と表現し現代短歌の若々しい自由表現の中に「脳(のう)」を「脳(なずき)」と古語的表現にしてワンポイント強め、香辛料でひと味ピリッと結句を引き立たせる働きをさせ、一首全体を生き生きと立ち上がらせている。


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今月の短歌

房伝ひ
ま盛る藤の
蜜を吸ふ
蜂は飛び交ひ
花びらこぼす

矢野 康史



矢野康史さん プロフィール

あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。


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