アットタウンWEBマガジン

@歌壇 短歌への誘ひ

2025年07月17日

朝刊に亡き子の運勢確かめて
 夫おもむろに立ち上がりくる
太田千はる



●今月は筆者の所属する「あさかげ短歌会」で全国から集められる詠草集の編集長をお願いしている、長野県諏訪市在住の太田千はる先生のお歌をページの頭に取り上げさせて頂いた。筆者の最もリスペクトしている短歌の師の中のお一人であり、私たちの地域の短歌を学ぶ方々にも是非、この掲出歌から「歌の真髄」は何であるかを感じ取って欲しいからに他ならない。
 補足になるのだが、昨年ご夫婦は最愛のご長男を病気で亡くされた。五〇歳であったとその後発表された一連の詠草から知ったのだが、師はその間も短歌会の全国大会の編集長としての仕事の場に、一切家庭内のご不幸を自ら口にされなかった。
 人は時として身を裂かれる程の悲しみや苦しみの中を生きなければならない。今は既に生きてはいない我が子の今日の運勢を、おそらく毎朝の新聞に確かめているご主人であろう。本物の悲しみを表現するお手本の歌として掲出させて頂いた。

まつはりて今を盛りの藤の房
 人といふ字を想ほふ夕べ
川上 悠子



●季節柄、藤の花を詠まれた歌が多く集まったので取り上げさせて頂いた。
人々は万葉の昔から海・山や川の流れ、草花や人を恋しのぶ想いを多く歌に詠んでいる。明治以降の近代短歌から急に擬人法(木や花、川の流れや自然の状態を人に被せて表現する方法)を使った短歌を良くないと評価されるようになったのだが、
万葉集、古今和歌集、その他の物語の挿入歌なども逆に擬人法を駆使した短歌の方が多く、なぜ近代短歌以降擬人法が評価されなくなったのかキチンと説明をされていないのが不思議である。
 さて掲出歌であるが、多く詠まれていた藤の花の歌の中で、下の句にこの歌の作者ならではの独特の表現が使われ、それが筆者の目に止まったので取り上げさせて頂くことになった。一首を通して藤の花が咲いている状態だけを詠んだ歌が多いのだが、下の句にその花房から連想される作者の思いを表現されて良歌となった。

擦り減った心和ます山野草
 更に癒してくれるのは親友(とも)
神崎 民枝



●人はみな、それぞれに家庭を持ち地域の社会や仕事の社会、或いは趣味の仲間も含め、介護などの家族の問題からさまざまな社会の問題まで、誰にでも話しが出来そうで相談してみたら、その人が案外自分と考え方や性格が違っていて、逆に微妙に心が傷ついたり問題が複雑になったりで、人間の社会はかくも「生きにくい」ものなのか? と筆者も常々感じているところである。
 掲出歌の作者は山野草を無類に愛していて、多くの山野草を庭に育て鉢植えにして友人たちにプレゼントするのを楽しみにしている。確かに山野草は人間のように裏切る事はない。愛情を持って手を掛ければそれなりに応えてくれて花を咲かせて心を和ませてくれる。けれど下の句に「更にいやしてくれるのは親友」だと、結局はそのプレゼントの山野草を快く受け取ってくれて、大切に育ててくれる親友が作者にとって一番心を癒してくれる理解者だと詠まれた歌である。伝わり易い良歌だ。

山の辺にむらさき匂ふ藤の花
 垂れにし垂れて風に揺らげり
宰務とき子



●山藤を謳った歌である。この季節、藤を題材にした短歌が増えるのは日本人は存外藤の花が好きだからに違いない。古来、上に重ねて花を咲かせる桐をもののふの武家の家紋とし、同じむらさき色の花房を下向きに咲かせる藤を家(基になる木)に宿り絡まる事から婦人の紋としたと伝わっている。
 掲出歌にあるように、藤は本当に香りの良い花である。作者はその香りの喩えとして「むらさき匂ふ」としたのである。本来「むらさき」は染料のむらさき色を採るためのムラサキ科の多年草で、高さ約50㌢の茎の上に白い花を付けその根を紫の染料とした植物を言うのであるが、今は絶滅危惧種としてその香りを感じる術(すべ)はほぼ無いので、ここでの「むらさき匂ふ」はあくまでも作者の感覚として古来より高貴な色とされている「むらさき」はこの藤の花の匂いがぴったりに違いない!とその垂れた花房が風に揺らいで、高貴な香りを振り撒いていると詠み良歌である。

今月の短歌

あら不思議
瑞穂の国に
米が無い
令和の世にも
米騒動か

矢野 康史


矢野康史さん プロフィール



あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。


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久米文化協会自主事業
 ~意外に知られていない~
 日本の文字の不思議
【日程】7月18日(金)
【時間】13時30分~15時30分
【会場】久米公民館 第3会議室(津山市中北下1271番地)
【講師】矢野康史先生(全国あさかげ短歌会代表)
【参加費】無料 ※事前申込不要
【問合】久米文化協会事務局 ☎0868‐32‐7011

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