
畦道に拾ひし歌を歩行器の
小石につかへ零して仕舞ふ
芳賀 辰雄
●この歌の作者は筆者が大変尊敬申しあげている、信州諏訪にお住いの歌人である。
我があさかげ短歌会の中心的存在で、現在は幾つもの病に立ち向かわれ会の運営にお力添えを頂けないのが非常に残念なのだが、明治神宮短歌大会やその他の全国短歌大会で、その作歌力を高く評価されている実力派歌人なのだが、ご本人は常に至極控えめで尚なお日々の研鑽と勉強を怠らない。ただ、この何年か視力と聴力が弱ってこられ、その上脚力もこの作品のように歩行器を伴うご様子、心が痛む。
さて掲載歌は、作者が散歩の途中でふと短歌が浮かんできて、帰宅したら書き留めようと、少し不自由な足で歩行器を繰り急いで帰ろうとするのだが、家に辿り着く迄に何度か小石に歩行器が閊(つか)えてもどかしい思いで帰り、さて書こうとすると?
歌が浮かんでこない。我々もたびたび有る事だが、上の句に浮かんだ歌を「拾いし歌」とし、下の句に「零して仕舞う」ともどかしさ歯痒さを表現され秀歌である。
眠るきみアンモナイトの擬態(かたち)して
明日朝五時の発掘を待つ
田上 久美子
●現代短歌の新星として最近めきめきと上達されている作者。まだまだ粗削りな面は否めないが、短歌を始めて約五年、最初の三年間は殆ど平凡な短歌しか作っていなかったのだが、二年ほど前から急に作風に進歩が見られ現代短歌の作り方のコツを掴みかけているので、今後の本人の精進の仕方によればかなり有力な現代歌人になる要素が垣間見られる。一にも二にも勉強を怠らぬよう期待している。
掲載歌は「きみ」が作者に「明日の朝五時に起こして!」と頼んで眠ってしまったのである。なんともその眠りの形がま~るく膝を抱え込んだような、作者はそれを見て?何かに似てやしないか?少し違うかも知れないけど、以前何処かの博物館で見た古い地層に埋まっていたアンモナイトの化石???まあ何でもイイけど静かによく眠っているから、仕方ないから明日の朝五時まで寝かせておいてやるか!と
「アンモナイトの擬態(かたち)」の寝姿の表現と起こすを「発掘」とした事で秀歌となった。
陰も無き炎暑の庭にひとむらの
白桔梗起つ修行僧のごと
橋本 眞佐子
●今年の夏の暑さは本当に異常で、毎年のように地球温暖化が叫ばれているが、今や地球熱帯化と言った方が当を得ているのではないかと思える猛暑日が続いた。
掲出歌は、その照りつける炎暑の庭に咲くひと叢の白桔梗を作者の眼が捉えて、一首詠まれた歌である。短歌には歌の作り方や文字の選び方、平仮名や漢字の使い方などに作者の性格が表れると言われるが、初句の「陰も無き」も「影も無き」ではなく正確に漢字を使われている。最近ではつい「影」を「陰」と間違って使っているケースが多く見られるのだが、この作者はしっかり勉強をされていて、その他にも、三句目の「ひとむらの」は「一叢の」と漢字表記にしてしまいがちの所をわざわざ平仮名表記にされたのは、初句から結句まで漢字が十二文字も有り、一首を構成している文字のバランスから真ん中の三句を意識的に「ひとむらの」と平仮名表記にされたのではないかと。筆者の深読みだろか? 印象的な写生歌である。
酷暑にも丘の上には夕菅が
日ごとの命繋ぎつつ咲く
信清 小夜
●この歌もこの夏の異常な酷暑を詠まれた一首である。作者はよく家の近くにある緑の丘の広い公園まで散歩に出掛けられている。勿論日中は陽が照りつけて熱中症が心配なので、おそらく夕方の少し陽が傾きかけた頃に歩かれるのだろう。
「夕菅」ユウスゲはレモンイエローの爽やかな色の花を次々と咲かすユリに似た花であるが、その名の通り夕方に花を開き、次の日の昼までには閉じてしまう一日花である。よく似た花にキスゲがあるが、キスゲの花は黄の色が濃くユウスゲとは逆に朝花を開き夕方萎んでしまう。同じ一日花でも花を咲かせる時間帯が違うので見分けがつく。その「夕菅」が酷暑に負けず咲き継いでいるのである。
掲出歌の良かった部分は、植物の歌に有りがちな「美しく」や「はなやかに」とか「凜として」などの形容詞を一切使わず、「日ごとの命繋ぎつつ」と少しオーバーな表現ではあるが、作者の夕菅の花への応援歌として評価できる作品である。
秋桜(コスモス)は
あるや なしやの
風に揺れ
釣瓶落としの
茜に染まる
矢野 康史

矢野康史さん プロフィール
あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。

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