アットタウンWEBマガジン

@歌壇 短歌への誘ひ

2026年04月09日

西窓に夕陽は差してはらはらと
 木の葉散らしの時雨すぎゆく
宮坂 俊子

先月はあさかげ短歌会の相模原支社の方々のお歌を紹介させて頂いたが、今月号は信州諏訪支社の大先輩であり諏訪地域の短歌の発展に大いに貢献されている筆者の尊敬申しあげている先生方三人のお歌を紹介させて頂き、アットタウン誌の短歌ファン読者にも喜んで頂けるページになればと、この場を使わせて頂いた。

 作者の宮坂俊子先生は、筆者がまだ右も左も分からない短歌初心者の時代からの大先生であり、その作品の歌評など僭越極まりない事なので、アットタウン誌読者にお歌の紹介をさせて頂く形態をお許し頂きたい。あさかげ短歌会はアララギ派の写生詠を唱えられた島木赤彦師を祖に昭和三十一年、横浜に於いて結成された短歌結社であり、諏訪の地は島木赤彦師が生誕された地域である。その詩情豊かな土壌で生まれる短歌ゆえか、写生詠のお手本のような掲出歌である俊子先生のこのお歌には情景の表現のみで一切無駄な言葉が入らない。大変勉強になる一首である。

 



陽の及ぶ路次に一株の黄の小菊
 細枝にあえか彩を残せる
宮坂 光子

この作品の作者も前出の俊子先生同様、筆者のあさかげ短歌会諏訪支社の大先輩であり、長年諏訪地域の短歌界に於いて指導的に活躍されている方である。

 掲出歌であるが、「陽の及ぶ路次」つまり秋の陽の釣瓶落としの夕方に未だ少し時間があり、低い陽差しではあるが明るさの有る「路次」、道すがら「一株の黄の小菊」が作者の眼に届いたのである。こまやかな表現が「及ぶ」「路次に」「一株の」「黄の」と畳みかけるように小菊の描写に使われていて、下の句「細枝にあえか彩を残せる」あえか、つまりここではー美しく儚げな彩を細い枝に残しているー と作者は捉え表現しているのである。

 この短歌では文語調の形容動詞「あえか」(美しく儚げな)が一首を格調高い歌に仕上げる働きとなるよう作者は細部にわたって注意深く作歌されている。秀歌を作るには観察力とこまやかな表現力、豊富な語彙が必要である。

 


 

カラオケのクラブに亡夫の提げ行きし
 鞄に残れる喉飴ひとつ
林  滋子

この歌の作者もあさかげ短歌会の大先輩であり、諏訪歌会の中心的歌人のお一人として長年諏訪地域の短歌の発展に貢献されてこられた方である。

 前出の二首と共にこのお歌も歌評ではなく歌の紹介という形を取らせていただくが、亡くなられたご主人への相聞歌と捉えたい。ご主人はカラオケがお好きでよくカラオケクラブに出掛けておられた。必ずお決まりの鞄を提げられて、時にはご夫婦でカラオケを唄いに行かれていたのかも知れないが今となってはご主人の十八番(おはこ)を聞くことが出来なくなった。ふとした瞬間、マイクを持ってお得意の歌をにこやかに唄っていた姿を思い出す。切ない! そんな時、ついご主人が持ち歩いていた鞄を覗いて見るとその中に喉飴がひとつ残っていたのだ。あの時咽が痛かったのだろうか?と今更ながら想われる。やはり短歌はこのように一首の中に「切ない」など直接的な表現が入らない方が、更に切なさを読み手に感じさせるお手本である。

 



子規見舞ふ漱石の筆「坊ちゃん」を
 成して魂(いのち)の灯火つなぐ
田上久美子

この歌はあさかげ短歌会の津山支社の作者が、愛媛県松山市教育委員会が主催した第三十一回「はがき歌」全国コンテストに集まった八千六百十二首の中から、秀作として選ばれた作品である。夏目金之助(漱石)と正岡常規(子規)は東京大学の同期で、夏目金之助が英語教師として明治二十八年旧制愛媛県尋常中学校に赴任して、松山市の二番町に下宿していた愚陀仏庵に五十二日間、病気の子規が居候していた話しは有名である。筆者も松山城の麓に再建されていた愚陀仏庵を二度ばかり訪ねた事が有り、昨年の秋種田山頭火の終の住処となった「一草庵」を訪ねた後もう一度行ってみたが、2010年の豪雨で松山城の山麓の一部が崩れそのあおりを受け愚陀仏庵も土砂災害で流され、今度は別の場所に再々建される計画だそうだ。

 作者は漱石と子規という日本を代表する文学者が、同じ屋根の下で毎夜交わしたであろう文学論から「坊っちゃん」が生まれたのではと推論して詠まれ正に秀歌。

 




今月の短歌


讒言(ざんげん)を

振り播きし人

憐れみて

今朝も納豆

ぐるぐる混ぜる


矢野 康史




矢野康史さん プロフィール

あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。




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