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能登半島地震発生時の震災対応について(全4回)第3回

衆議院議員 内閣府大臣政務官 兼 復興大臣政務官
平沼正二郎氏 寄稿


インフラの関係では通信の復旧も急がなければならない状況でした。もともと携帯電話がつながりにくい地域も多かったのですが、被災地域との連絡を取れなければ状況把握も難しく、避難所がどうなっているか、孤立している住民と連絡がとれるかなど対応をしなければなりません。また救援物資が被災者の手のところまでしっかり届いているのかというラストワンマイルまでの確認も必要でした。基地局の早期応急復旧を行うため、総務省主導で現地へ復旧部隊が赴き、通信機器の故障状況確認、移動基地局の派遣、通信会社によってはドローンでの電波中継や、会場に船舶型の基地局を派遣してあらゆる手段で復旧を行いました。また現地基地局で通信機器が故障していなくても電源が来ていない箇所も多かった為、発電機を設置して機器を起動して動かしておりました(発電機の燃料補給の為、定期的にヘリによる燃料補給なども実施しておりました)。
また被災者の為に救援物資のプッシュ型支援を発災直後から準備・実施を行いました。プッシュ型支援と書きましたが、このプッシュ型支援というのは、発災当初は被災自治体も機能不全に陥っているため、被災地自治体からの要請で物資を送るのではなく、国から直接ライフライン上重要な物資(基本8品目:食料(主に調理不要なもの)、毛布、乳児用粉および液体ミルク、おむつ、携帯トイレ、簡易トイレ、トイレットペーパー、生理用品)を被災地に送り込むものです。またこれら基本のもの以外にも必要と思われるものを、その時々の判断で送り込んでおりました。当然、発災当初は道路などが啓開できていなかったため、自衛隊による人力およびヘリでの支援なども行っておりました。避難所開設後は仮設トイレの設置などもこの支援の中で行っております。避難所からのニーズは時間が経つとともに様々に変わっていきます。
例えば、発災直後は水などが中心ですが、その後は、歯ブラシや紙皿、紙コップなど、温められる食料などに変化しますので、そのあたりの需給の調整を見極めて内容や量を調整しておりました。
 このようにあらゆる様々な分野や事象に対して対応を行わないとならない為、発災直後より、政府の現地対策本部が設置され、政府が現地で素早く対応が出来るようにいたします。


(次号へ)


※このコーナーでは『平沼正二郎』氏の寄稿文を、原則、原文のまま掲載しています。

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