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岩間山本山寺

美咲町にあり、誕生寺の比較的近くにあり、美作地域を代表するの天台宗古刹で本尊は観世音菩薩になります。

この辺りは1,300年前に役の行者・小角が修行した跡といわれ、701年佐伯有頼がこの山辺りで狩りをして奇瑞を感じたため、出家して頼観と号して、南方の山に寺を建立し新山寺と名づけました。
同所は現在、金毘羅神が祀ってあります。

それから五十余年後、唐の高僧・鑑真が訪れ名を本山寺と改め、大いに伽藍を興したといいます。




その後、平安時代は戦乱のため荒廃しましたが、そのころ、この山へ狩りをした、久米師眞が霊瑞を見て出家し、名を眞道と改めて、専ら本尊に仕えました。
同じころに弓削師古が材木を求めて、この山に霊木を発見し、出家して古道と名乗り、仏師にたのんでこの霊木で十一面観音像を刻ませました。
以後、眞道と古道の両師が協力して復興に努め、天永元年(1100)現在地に移転、本堂・講堂・三重塔・多宝塔・鐘楼・鎮守社・仁王門、等々を復興し、以降寺は多いに栄えました。

江戸時代は、津山藩藩主森家、森家が改易になると松平家の菩提寺、祈願所となり、霊廟は森家、松平家と引き継がれ、ご霊屋には徳川3代将軍、4代将軍が祀られています。
明治になり、かつての繁栄はなくなり、一山一院となって現在に至ります。




法然上人ゆかりの寺院として有名で、法然の両親が子供が授からないため、祈願のために訪れた寺院で、お詣り後法然さんが生まれたと言われている寺院がこの本山寺になります。
そのため、今でも子宝祈願で訪れる人も多くいます。

この本山寺は、複数の国指定重要文化財を要する寺院で、「本堂」「三重塔」「宝篋印塔」が指定されています。

本堂は南北朝時代にあたる1350年建立で、檜皮葺きの屋根に、和様式と唐様式の折衷の造りになっている寄棟造で建てられており、岡山県内でも長福寺の三重塔に続く古い建造物です。

三重塔は1652年、津山藩主森忠政によって建立され、屋根は檜皮葺き三重塔としては岡山県下最大の建物で、軒の出も十分あり、低減率もバランスが良く力強い塔になっています。

また、宝篋印塔は関西形式で、鎌倉時代から南北朝時代にかけての特色である「すみかぎり」が垂直になっており、相輪が太く長いのが特徴的です。
造られた年代が1335年とはっきりしており、とても時代考証的にも貴重なものになっています。

他にも、国指定の重要文化財以外にも県指定の重要文化財、町指定の重要文化財などもあり、見所がたくさんあります。

まず、最初に迎えてくれる仁王門は県指定の重要文化財となっており江戸時代前期から中期の1686年に建立され、こちらも檜皮葺きの屋根で雰囲気がたっぷりです。




長屋門は打ち込み接ぎの石垣の上にあり埋み門の形式となり城郭の門を思わせる佇まいです。
当時の藩主の寄進により幕末の1845年に霊廟の番所として建てられ警備の寺侍の詰め所として使われたようです。

その奥にある、霊廟や六角形舎利塔なども県指定重要文化財になり、見所が満載です。



美咲町定宗403
問合せ 0868-62-1050
(星護禄胤)



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