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大和文化に欠かせない大和絵

 和歌を始め、随筆や物語などの絵巻物などに欠かせないのが、この『やまと絵』ではないでしょうか。
900年を前に遣唐使が廃止されたことから、中国の影響が薄れ、唐物と呼ばれる文化から日本独自の文化が作られていきます。
冒頭に書いた、和歌、随筆、物語などの文学や、書院造り等の建築などが分かりやすいものになります。
 そして、今回紹介するのは、『やまと絵』。
平安前期まで広まっていた唐の風景や中国唐風の人物を描いた唐絵と異なり、日本の風景や風物・風俗など日本を描いているのが『やまと絵』です。
特に、源氏物語や鳥獣人物戯画などの絵巻物に描かれるなど、日本の文学の発展と共に、独自の発展をしていきます。
この『やまと絵』が、今の日本に大きな影響を与えています。
室町時代に一世を風靡した土佐光成の土佐派や、それに続き席巻した狩野派も、この『やまと絵』が進化したものです。
さらには、江戸時代に起こった、尾形光琳の琳派などが、さらなる技法を加えるなどして発展し、今の日本画につながるのです。

 また鎌倉時代に入る頃には、似絵と呼ばれる『やまと絵』の肖像画を書かせることが、武士などの間で流行します。
それまでは、魂が抜かれるとか、呪いに使われるなどの理由から、肖像画を書かせる人は少なかったのですが、平安末期に現れた藤原隆信の似絵が人気となり、鎌倉時代に入る頃には、似絵を書かせることが一般化していきました。


和歌とやまと絵

和歌との関連では、和歌で謳われた世界が屏風絵にされたり、『やまと絵』から受けたインスピレーションを歌に詠みこんだりされるなど、相互に影響を与え合っています。
特に「歌枕」※の世界をやまと絵化した屏風は、実際の風景よりもイメージが重要視されていきます。また雅で華やかな色彩で描かれることによって、各地の名所の、そうしたイメージで思い浮かばれ、名歌と相まって、更に想像を膨らませていたことではないでしょうか。
このように、『やまと絵』と和歌は、切っても切り離せない関係であることが分かると思います。
皆さんも、『やまと絵』を見る機会があれば、この記事を思い出して頂けると、とても嬉しく思います。




※「歌枕」とは、昔から多くの歌に詠まれた名所や地名を指します。
詠む人も読む人も、実際にその名所を見たことがなくても、その地名によって共通に想像される風景を指します。

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