アットタウンWEBマガジン

短歌への誘ひ@歌壇

2024年02月14日


微笑みてただ立ちつくし夢にいる
 何をか告げん初恋の君


初岡 勢津子

●この歌が該当しているかは定かではないが、ある人の話によれば同窓会の案内が来ると、それまでは日々の生活の中でほとんど忘れていた、当時の初恋の人の夢を見るようになると言う。その場合、かの君は大抵微笑むだけでじっと自分を見つめて何か言いたそうにしているのに、何も言ってくれないそうである。
 作者はどういう経緯でこの初恋の人の夢を見られたのか知る由も無いが、どのようなシチュエーションであったとしても、「初恋の君」と「微笑み」と「夢」は三点セットのようで、良くも悪くも「何か告げるようで何も告げない」のも相場のようである。このように解説してしまえば身も蓋もなくなってしまうのだが、短歌としては興味をそそる「初恋の君」の歌であり、上の句の「微笑みて」からの流れも良く下の句に繋げ、結句にその微笑みの主が「初恋の君」であったと腑に落とすよう詠み込んでいる。艶めいた歌だが何処か爽やかさも感じられる良歌である。



いくそたひ風雪遭ふも柊の
 花満つかをる霜月の庭


宰務 ときこ

●「いくそたひ」は幾十度(いくそたび)、つまりどれくらい多くの、とか何度もという意味である。この短歌は一首を古風に文語体旧仮名遣いで詠まれ、品格を整えられていて濁点表記さえ入れない、最近には稀な奥行きのある和歌に仕立てられている。
 柊(ひいらぎ)は葉が長楕円形で鋭い鋸状の棘のような歯があり、つい触れて痛い思いをした事もあるが、樹齢が古くなると鋸状の葉も丸くなり棘を持たなくなってくる。そして花は極小だがモクセイ科に属するだけあって、他の花の少ない霜月(十一月)初冬から咲き満ちて「かをる」→(薫(かお)る)芳香を放つのである。
 作者の家の庭に咲いている柊の花を詠んだ短歌であるが、花を詠み込んだ短歌は無数にある中で、柊の花は短歌をされている人以外はなかなかその花の存在に気付いてもらえない植物の中の一つである。山の紅葉が終り霜枯れ始めた庭に小さなちいさな花を咲かせる木である。柊を歌材とされた作者の繊細さに拍手を送りたい。



廃屋の庭にもみぢの赤く燃え
 破れ障子を隠すがごとし


早瀬 榮
●先月号にも同じような掲載歌があったが、地方短歌には必ずと言ってよいほど
過疎化をイメージさせる、空き家や廃屋、無住となった家々を詠み込んだ短歌が後を絶たなくなっている。作者の住まわれている近辺もおそらく何軒かこのような家を見かけ、前の道を通るたびにその侘しさを感じられているのであろう。
 このような短歌を詠む上での注意点は、「寂しい、侘しい」といった直喩(直接的比喩)を入れないで、この短歌を読んだ人にそれを感じさせるところに有る。
 その為には、この歌のように上の句に「庭にもみぢの赤く燃え」と荒れ果てた庭にそぐわない真っ赤に紅葉したもみぢを詠み込み、下の句に「破れ障子を隠すがごとし」と巧く対照的な比喩を使い、読む人に「淋しさや侘しさ」を伝えるように工夫することが大切で、廃屋の庭の燃えたつもみぢが美しく盛んなほど逆に「淋しさや侘しさ」を倍増させる。下の句「破れ障子を隠し  陽に照る」とされては?



老木の梅の木早も蕾つけ
 能登にも春はきっと来る来る


神崎 民枝

●令和六年元日の午後四時十分、朝は静かに穏やかな年が明け帰省家族が揃って正月を祝っていた能登地方に、四㍍の津波を伴う最大震度七の大地震が襲い多くの死者、行方不明者と避難者一万四千人という大惨事が起こり、一ヶ月経過して未だに行方不明者の捜索が続けられ、停電と道路や水道管の損壊などで孤立している集落が報道されるたびに胸を締め付けられる。
 さて掲出歌であるが、この短歌の作者も常に今回の能登地方の地震に胸を痛めているのである。我家の庭の老いた梅の木さえ寒の最中、早くも蕾をつけ始めたのだきっと雪の舞う能登の人たちにも、今は悲しみのどん底に暮らされてどんな慰めも心に届かないかもしれないが、いつの日か春はきっと訪れる、いや必ず来て欲しい。
 通常、短歌では同じ文字の表現が続く場合、例えばこの歌の結句のように「きっと来る来る」は「きっと来るくる」とするのだが、作者はあえて強める意味で漢字を並べ、特に最後の来るは「来て欲しい」と作者の願望が込められているのだ。




今月の短歌

流れゆく
雲の容(かたち)の
定まらず
明けに染まりて
ピンクの昇龍


矢野 康史




矢野康史さん プロフィール

あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。


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