アットタウンWEBマガジン

@歌壇 短歌への誘ひ

2025年01月16日

森芸に数多の人波ざわめくも
 会期果てれば黙(もだ)な町並

稲垣 晶子


●「森芸」は昨年の令和六年、三年もの準備期間を経て満を持して県南の瀬戸内芸術祭いわゆる瀬戸芸に対抗して、岡山県の県北一帯を芸術溢れる地域と謳い「森の芸術祭」と銘打って、金沢21世紀美術館館長、東京藝術大学名誉教授の長谷川裕子氏をアートディレクターに頂き、緑豊かな晴れの国岡山の北部十二市町村をエリアとし準備予算3億円とも5億円とも言われている資金をふんだんに投資し、また地域の多くのボランティアも動員して九月二十八日~十一月二十四日まで約二ヶ月間繰り広げられた。元々明媚な景勝地、衆楽公園、鶴山公園、グリーンヒルズ、満奇洞や井倉洞の借景を利用してアートを体感させようとの企みが見え隠れする。
 さて、掲出歌であるが、作者は街中アートの展示会場を右往左往するギャラリーの多さに、内心少し戸惑っていたのだが、その期間が過ぎれば全く元の静かな町並に戻ってホッとしているのだ。結句「黙(もだ)な町並」が心情をピシャリと表現され秀歌。

朝霧に浮かぶ街灯 厳かに
 今日という日のページを捲(めく)る

菅根  緑


●初冬の早朝のまだ薄暗い時間帯を作者は散歩されているのであろう。実は筆者も毎日五時半には起床して、六時には日課の散歩に出掛け毎日一万歩を実行している。
 初冬の朝六時はまだ真っ暗で、天気の良い日ほど朝霧が立ち込める。津山市などの盆地特有の現象で、空気が冷え込んだ朝は川から霧が発生して深い鍋底のような盆地にはその霧が溜まり、近くの山に登って見れば雲海となってその美しい光景を目にする事が出来るのである。しかし、盆地に住んでいる住人にはこの霧が昼近くまで晴れないので、朝日が鍋底の町並に届くのは毎朝ずいぶん遅くなり、洗濯物を干している時など損をしている気持になる事もある。
 さて、掲出歌はまだ明けやらぬ薄暗い朝霧にぼんやりと辺りを明るめている街灯が今日という真っさらな一日のページをこれから捲ろうとしている。と思えた。 そういう意味で作者にとっては「厳(おごそ)かに」と感じられたのだろう。感覚が新しい。

あの人の瞳の奥の汽水域
 求めて泳ぐわたしは人魚

田上 久美子


●この掲出歌もなかなか取り上げるチャンスがなかったのだが、令和六年六月に行われた全国短歌フォーラムin小野市(上田三四二(みよじ)記念)にて佳作三十首に選ばれた作品である。上田三四二は東の斎藤茂吉、西の上田三四二と言われ医者として従事しながらアララギ派の歌人として活躍し宮中歌会始の撰者としても八年間携わり「ちる花は数かぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも」と生と死のテーゼを感じさせる素晴らしい作品を数々残している。(彼自身癌を患い六十五歳東京で没)
 さて掲出歌だが、作者は常に「あの人」の「瞳の奥の汽水域」を求めて泳いでいるのである。ご存知の通り汽水域とは真水と海水が混じり合う水域、つまり大きな河口のような場所なのだが、ここで表現されているのは結句の「わたしは人魚」ここを一番作者が伝えたい部分である。人間の中でも魚の中でも生きられない私は、それでもあの人の瞳の奥の混水域を信じて泳いでいるのだ。 この短歌は秀歌だ!

カッコーの声が聞こえるお隣りの
 こんもり繁るくるみの大木

高木 和子


●今月も最後の掲出歌は、昨年の全国短歌フォーラムin塩尻大会に於いて奨励賞に選ばれた、我があさかげ短歌会の信州下諏訪支社の高木和子さんの作品を取り上げさせて頂いた。筆者もこの大会には、時々詠草を送らせて頂き、大きな賞ではないが何度か歌人の馬場あき子師や佐佐木幸綱師、永田和宏師、古くは岡野弘彦師からも選んで頂き、大勢の参加者の前で壇上のスクリーンの中、大先生方から歌評を頂いた事は、筆者のその後の歌作りに多大な励みとなっている。我があさかげ会員も是非どしどしチャレンジを繰返して頂きたい。投稿する事に意義が有るのである。
さて掲出歌だが、最近なかなか聞けなくなった郭公の声を一首の中に詠み込み、三句目から下の句にかけて「お隣の」「こんもり繁るくるみの大木」と表現しこの作品をメルヘンチックに仕上げられている。西日本では郭公(かっこう)は人里近く現れなくなり、この作者の隣の胡桃の木にも微かな嫉妬を感じてしまった。今後も期待したい。




今月の短歌
あの人の
瞳の奥の
汽水域
求めて泳ぐ
わたしは人魚

田上 久美子




矢野康史さん プロフィール

あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。



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