アットタウンWEBマガジン

@歌壇 短歌への誘ひ

2024年10月17日

日焼けした男(お)孫の笑顔歯の抜けて
 僅か背も伸び夏は終りぬ
山本 見佐子



●お孫さんへの何とも言えぬあたたかい眼差(まなざ)しの感じられる一首である。確か小学校高学年のお孫さん、両親働かれている家庭が多く夏休みの間どうしてもこの歌の作者のように、おばあちゃんと一日中過ごす事になる。筆者の家でも同じ状況なのでそのあたりがよく理解できる。特に男の子は何に対しても興味を持ち、蝉などの虫を捕りに行きたいとか、やれあれがしたいこれがしたい、勉強はすぐ退屈して「おばあちゃん何かして遊ぼう」と、作者が自分の仕事をしていてもどうしても孫との関わりは夏休みが終わるまではウエイトが大きくなるのである。
 可愛いが故に忙しい時など早く学校が始まってくれないか、とつれなく思ったりもする。8月も終りに近づくとその長いながいと思っていた夏休みも残り少なくなり、傍で遊んでいる孫の顔をつくづく見るとこの歌がふと浮んだのである。この夏を一緒に無事に過ごした安堵感と猛暑の疲れ、すべてがこの結句に表現されている。


君と我隔たる距離の遠けれど
 想ひを込めて月光(つきかげ)見あぐ
岸元 弘子



●しっとりとした相聞歌である。上の句に「君と我隔たる距離の遠けれど」とあるが、これは実際に「君と我」がかなり離れた地域に住んでいる場合も考えられるが心の距離が遠い、つまり二人の間に様々な障害があり、とても逢いに行けない距離ではないけれど気軽に逢う事が出来ない場合なども、この「隔たる距離の遠けれど」と表現されたりするので、ここでの「距離」はこの歌を読む側の人の受け取り方によって実際の距離なのか「障害」による距離なのか委ねられる。
 その受け取り方によって下の句の「想ひを込めて月光見あぐ」の味わい方も少し違ったものに感じられる。つまり「想いの込め方」まで作者の心の内面を慮(おもんばか)ることにもなるのである。今年のNHK大河ドラマで主人公のまひろ(紫式部)が道長を偲んで月をしみじみと眺めるシーンが何度かあったように記憶しているが、この場合は身分の違いという「障害」による距離の遠さ。月は愛(かな)しいほど美しい。

 
かきつばたその濃き色にいにしへの
 妻恋ふひとの心しぞ思ふ
橋本 眞佐子



●カキツバタの花に寄せる思いを作者が格調高い短歌に詠いあげている。
在原業平の「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる たびをしぞ思ふ」伊勢物語に詠まれた有名な「折り句」つまりそれぞれの句の頭、か、き、つ、は、た ―意訳― 何度も着て着慣れて体に馴染んだ衣のように、なれ親しんだ妻を都に置いてきたので、はるばる遠く離れてきた旅をして寂しさをしみじみ思うことだよ。(東国へくだる途中、三河の国八橋(やつはし)でカキツバタの花を見て詠む)
 作者は幼少の頃より和歌の素養をお母様より教わり、この故事も何度も聞かされてカキツバタの花を見ればこの在原業平(なりひら)の歌を思い出していたのだ。当然「いにしへの妻恋ふひと」は業平であり、結句「心しぞ思ふ」の「しぞ」は副助詞で上接の「心」を強調して下の「思ふ」に結びつける働きをしている。作者はこの古典というべき和歌をしっかり勉強されているので詠まれた歌も格調高く仕上っている。



丸囓りの完熟トマト夏の味
 まるで太陽喰(は)むが如くに
白井 真澄



●作者は卆寿の成(・)春(・)をまだまだ畑仕事に汗を流しながら謳歌されている翁である。
この短歌のように九十歳に成られているとはまったく思えない、歌にも瑞々しくて若さの満ち溢れている感覚に、まず驚かされる。上の句の「丸囓りの完熟トマト夏の味」とストレートに直球勝負で下の句の「まるで太陽喰むが如くに」と結んでいる。何と小気味よい表現であろうか。みずからの手で苗から育てた畑のトマトが完熟したものを、朝採りして丸囓りしているのである。それは何にも増して美味い筈である。しかし「夏の味」くらいまではよく使われる比喩であるが、「まるで太陽喰むが如くに」の若々しい表現には、俺はまだまだやっと卆寿に成ったばかり!と口からほとばしるトマトの完熟した汁を掌で拭いながら笑っている姿が浮ぶ。
 とは言え今年の夏の酷暑は尋常では無かった。毎月二首キチンと詠草だけはFAXで送って来られるのだが、歌会は夏の間休まれていた。秋にはご参加願いたい。



今月の短歌

仲秋の
夜のロマンス
名月と
寄り添ふ土星の
恋のみちゆき

矢野 康史




矢野康史さん プロフィール

あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。


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