アットタウンWEBマガジン

@歌壇 短歌への誘ひ

2024年07月18日

盛り過ぎし真紅の薔薇の妖艶さ
 水無月半ばの風 散らしゆく
川上 悠子



●短歌は基本的には一人称で詠まれるものである。作者が見て感じた事を表現すれば良いのだが、本来はその表現方法は自由である。短歌の原点である万葉集などは自由に伸びやかな表現で、その後明治になって「近代短歌」と言われる新しい(当時としては)短歌が一世を風靡する事になり、筆者は逆にその伸びやかさを失うかのように、擬人法はダメだとか、文語体で旧仮名で作らないとダメとか、制約を付けて短歌の巾を狭めていったように感じている。
 万葉集などは擬人法的な表現は普通に使われているし、 五・七・五・七・七の三十一音の定型さえ守られていれば詠まれた歌の良し悪しは、どう読み手に伝わったかで判断すべきであり、詠む技法や文体や表現方法まであれこれ注文を付けるのは短歌への間口を狭め、敷居を高くしているだけだと思う。この一首、盛りを過ぎた真紅の薔薇に自(みずか)らの身を重ね悠(とお)い生き来しの感慨に浸っている歌である。
 
足はやに花は散りゐて翠(みどり)葉の
 野山を渡る初夏(はつなつ)の風
宰務 ときこ



●「足はやに」は「足早(あしばや)に」の旧仮名表記ゆえの濁点を取った表現にされている。
この場合、仮名遣いは一首を通して初句から結句まですべて旧仮名で表記するという倣いに従って忠実に二句も「花は散りゐて」とされて古典的な歌に仕上げられた。
 このように情景を詠まれた写生詠は、旧来の文語調旧仮名遣いの短歌が趣きを感じられ、奥行きのある短歌として評価される。一方、社会詠・生活詠のような日常の生活の一部を切り取った短歌が最近はよく詠まれているが、そういう短歌の場合はカタカナ表記や口語表記、また新仮名遣いでの現代短歌が自然で好感が持てる。
 何故なら現在の生活では、近代短歌の詠まれた明治の時代と違いほとんどの家が電気製品を使い、ポットや炊飯ジャーなどのカタカナ製品のお世話になりながらの生活が普通だし、短歌にアルファベット表記を嫌われる指導者も居られるがスマホやDVD、FAXなども現代生活の一部なので筆者は拘らない方が良いと考えている。
 
 
コロナ去り念仏講に参加して
 五〇〇あまりの大数珠まわす
早瀬 榮



●「念仏講」久し振りにこの言葉を目にし、懐かしさに包まれた。
念仏講とは、元々浄土教系の寺院で行われていた念仏を唱える行事であったものだが、村々の月当番の家に老人や女性が寄り集まり、車座になって坐りお経を唱えながら大きな数珠を回し、地域によっては「百万遍」とも呼ばれ何度も何度もお経を唱えながら回ってきた数珠を撫でて心の中で願いを唱える、仏教系の村の民族行事の一つである。今では宗派に拘らず行われ、講組で集金をし飲食に充てたり宗教的な集りというより、村内の女性や老人たちの娯楽の集いとなっているケースが多いそうである。さてこの短歌だが、コロナ禍で村の集会などが自粛に追い込まれ、なかなか仲間内が集まって行事をすることが憚られていたのだが、昨今自粛が解かれ久し振りの念仏講で、懐かしい顔が揃っての賑やかな行事となったのだ。初句の「コロナ去り」に全てが集約され比喩を一切用いない表現が逆に新鮮で良歌である。

霞(かすみ)立ち雨の匂いのなつかしく
 深呼吸する昼下がりかな
福島 明子



●前出の「念仏講」の歌と対比出来る短歌なので、並べて掲出させていただいた。
前の念仏講の短歌は初句に「コロナ去り」とだけ詠まれ、「久し振り」とか「楽しい仲間」とか「懐かしい」とかの表現を一切用いないで、この短歌を読んだ人にそのあたりの心情を読み取ってくれる事を任せているのだが、まったくそう読み取って貰えなくて、ただの報告短歌と思われる危うさも同時に持ち合わす歌でもある。
 この「霞立ち」の短歌の場合、前の「念仏講」の歌とは逆に二句目に「雨の匂いのなつかしく」と作者の心情を素直に吐露した作り方をされている。ではどちらの短歌がより良い短歌と言えるのか? となるのだが、筆者はどちらが良くてどちらが劣るとは考えない。何故なら、どちらの短歌も作者がこれらの歌を詠まれた時の真剣な思いが筆者には伝わったからである。本来短歌は詠み手と読み手の心のやり取りなので、こう詠むべきなどと決まり事は無く自由に表現すれば良いのである。




今月の短歌

明け初(そ)めし
うすむらさきの
やはら陽が
鏡のやうな
琵琶湖に届く


矢野 康史

矢野康史さん プロフィール

あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。



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