道産子のスズランの花忘れずに
春盛りなり白花(びゃっか)競演
信清 博史
●北海道産のものを「道産子」と言うのだそうで、元々は北海道産の馬を指していたのが転じて北海道生れの人間を言うようになり、その延長で今では北海道で産まれたすべての物を「道産子」と言うのだそうだ。
作者は以前仕事の関係で北海道で暮らしていて、こちらに戻られる時に住んでいた庭で毎年花を見せてくれていたスズランを数株持ち帰ったのだとお聞きした。そのスズランが津山で所狭しと、庭の一部を占領しているようにこの時期咲き乱れる。
筆者も以前その状態を見せて頂き、小さなちいさな花ではあるが見事な春の使者としての美しい姿に見惚れたことを思い出した。ただ、花の時期が終り特に冬にはまったく何処に存在していたのかも分からないほど、気配を消してしまう花で、しかもほとんど手を掛けないから、絶えて咲かないかと思っていても必ず「忘れずに」桜が終った後、急に土から出てきて咲き誇るのである。結句の表現が斬新。
近海でブリは揚がらずお手挙げだ
水温上がりいずこの海へ
河原 洋文
●一読して思わず笑って(失礼)しまった歌である。二句の「ブリは揚がらず」から三句の「お手挙げだ」、四句の「水温上がり」まですべて「あがらず」「あげだ」「あがり」と漢字は違えど「あ」の韻(いん)を踏んだ一首で詠まれている。
このように読みは同じで文字の違うものを並べて詠むという歌の作り方は、同じ音を続けて詠むことによってリズムを整えたり流れを整える利点が有ると考えられ、しかもその上で文字を変えるというテクニックを駆使して、言葉遊び的に作られた。
歌の内容は、最近の異常気象により生態系がどんどん変化して、作者の好物の鰤(ぶり)までも近くの海で捕れなくなった・・・と嘆いているのである。
作者は様々なことに興味を持たれ、何に向かっても調べたり勉強される方である。短歌の会にもほぼ欠席することなく地道に取り組み少しずつではあるが上達されているようである。このような言葉遊びに挑戦してみられるのも一興である。
コロナ禍でリモート授業の大学の
卒業迎え孫歩みだす
稲垣 晶子
●大学生だったお孫さんが、この三月に卒業を迎え社会人として自立されたという短歌である。実は筆者も今年三月十九日に七十四歳で某大学の通信教育学部を卒業したので、大学も学部も違うのだが、このお孫さんと同期の卒業ということになる。
筆者の大学の卒業式でおそらく初めてではないかと思われる「式次第」に書かれていたのは、全日制の卒業式の前にその学生達の入学式が執り行われ、その後で卒業式に移行するという内容であった。本当に驚いたのだが、考えてみれば小生は通信教育学部で入学したのは随分前(苦節十年もかけて卒業に漕ぎ着けた)であったのだが、全日制の学生諸君が入学したのは丁度コロナ禍で入学式さえ出来ない令和2年の春だったのだ。この年に入学した作者のお孫さんもおそらく同じ境遇で大学生活を送られたのだろう。コロナの緩和で卒業式にやっと入学式もしてもらえ、授業もリモートで同級生ともパソコンの画面でしか交流出来なかった。この短歌にはそういう特別な学生生活を送られたお孫さんへの感慨が込められているのである。
吹く風に天女の舞いの羽衣か
新庄宿の凱旋桜
菅根 緑
●作者は今年から短歌を始められたばかりの処女作であり記念の歌である。
岡山県北部新庄村の凱旋桜は、日露戦争の戦勝を記念して旧出雲街道の町並みの両側に約四百㍍の区間、樹齢百年を越える老木が百三十三本植えられていて、見事な桜のトンネルが見られる屈指の桜の名所である。県の最北部にあるため岡山県ではその年の最後の花見が出来る場所としも知られている。
作者はほぼ満開の桜の花びらが、吹く風に舞いそれを恰(あたか)も「天女の舞いの羽衣か」と表現したのである。アーケードのような桜並木の通りの満開の花を下から見上げながら大勢の見物客が往来している様子は、毎年風物詩としてテレビなどでも報道されている。作者は初心者ではあるが、雅(みやび)なその一場面を切り取り的確に表現されていて、今後の歌作りにも大いに期待が出来る方だと確信している。益々の精進、短歌の勉強を実行され個性溢れる歌詠みになられることを祈念している。
今月の短歌
朝掘(ぼ)りの
筍(たけのこ)提(さ)げて
来た友が
春味わえと
にーっと笑う
矢野 康史
矢野康史さん プロフィール
あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。
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