アットタウンWEBマガジン

@歌壇 短歌への誘ひ

2024年08月14日


愛用の剪定ばさみまた失くす
こんな所にうっすら錆びて

神崎 民枝


●作者は草花を育てることが殊の外好きで、地植え、鉢植え様々な植物を育てて事ある毎に友人たちに贈るのを一つの楽しみにされていて、剪定ばさみも常に手許に置き庭に出るときは身体の一部のように感じているのだが、最近すぐに置いた場所を忘れてしまうのだ。日常よく起こる出来事なのだが自分で老化を認識できているウチは認知症とは言わないそうで、自分が忘れている事すら忘れて他人の所為にしはじめたり、自分は失くしてないとか怒りだすと立派な認知症である。
 この作者の場合、歌の内容から読み取ると上の句「愛用の剪定ばさみまた失くす」とし、最近度々どこに置いたか分からなくなり少し困った様子がうかがえるが、それほど慌てている程には感じられない。そして下の句「こんな所にうっすら錆びて」と二~三日後には出てきた安堵感が読み手に伝わる表現になっている。事象をそのまま素直に詠まれていて、読む側にもよくあるあると共感させる歌である。
 
母の庭恋いての涙か紫陽花の
しとどに濡れし我家の庭で

初岡 勢津子


●年老いた母親の住んでいる庭に咲いていた紫陽花を、作者が住まれている庭に移植した花なのだろう。咲く時期的なこともあるのだろうが紫陽花ほど雨の似合う花は、しいて言えば雨に濡れて薫りを強く放つ針槐(はりえんじゅ)(ニセアカシア)か梔子(くちなし)くらいしか筆者には思い浮かばないが、どちらも真白く清楚な花の美しさを保つ期間が短く、その点でしとしと梅雨の間中濡れながらも、その美しさを長い間保つ紫陽花は雨に咲く花の代表と言ってよいと思う。
 上の句の「母の庭恋いての涙か」は我家に移植してきた紫陽花が、雨に濡れそぼっている状態を見て、作者が紫陽花の気持ちを代弁する表現で作られている。それはまさに作者が老いた母を恋う気持ちとも重なっているのである。下の句の「しとどに濡れし我家の庭で」も、作者はこの濡れそぼって母を恋いているかのような紫陽花に喩(たと)え、老いた母への恋慕の情を我家に居ても決して忘れていないと詠んだ。
 
風さやか湖畔の緑きらめきて
甘き香りのささゆり静か

堀内 あい子


●初夏の高原に広がる湖畔を爽やかに詠った情景歌である。
一読して光景が目に浮かぶ。この歌には高原とは一切書かれていないのだが、最近では結句に登場する笹百合が里ではほとんど見られなくなった。甘やかな香りを放つ笹百合は山野草マニアにとって垂涎の的で、目につきやすい場所に咲いていると根こそぎ掘られ持ち帰られてしまうのだ。以前は村はずれの道端や寺や神社の裏庭などにも咲いて、初夏の香りを楽しませてくれていたのだが、平成の年代あたりから高原や人目につきにくい場所でしかなかなかお目にかかれない花のひとつになってしまい、この頃それで笹百合探しのトレッキングをする山ガールのグループが増えているそうである。この短歌の場合もおそらく人里離れた高原にある湖なのではないか?とそのあたりから推測できるし、もし高原のドライブの途中偶然に笹百合を見つけたのであれば、作者は思わぬ眼福をひそやかに喜んでいるように感じる。

水無月に蛙の声と暑い夜
開ければ合唱閉めればサウナ

小川 壮寛


●地方都市では住宅街の近くにも田んぼが残っていて、大都市部に住まれている以外の方々は、梅雨の時季になると家の周りから蛙の鳴き声がうるさく聞こえ始め、特に蒸し暑い夜の大合唱にはウンザリする経験をお持ちの読者も多いと思う。
 この歌で面白いのは、そういう住宅環境をまったく表記していないし、下の句の「開ければ合唱閉めればサウナ」の開け閉めは、網戸の付いた窓なのだろうと読み手が勝手に想像してくれるはず、と任せて書かれてないところに有る。
 短歌の場合五・七・五・七・七の三十一音しか使用できないので、如何に言葉を省略して、読む側にその部分を頭の中で加えながら読んでもらえるか?が大きな課題でもある。作者は季節(水無月)と、状況(蛙の声)と(暑い夜)そして下の句「開ければ合唱閉めればサウナ」と表記する中で、読み手にその住宅環境や、まだエアコンを使う程でもないのに、窓を開けて眠れないストレスを伝えている。


今月の短歌

お涼みの
川辺の路地を
ゆくきみの
浴衣(ゆかた)にふはり
蛍舞ひくる

矢野 康史



矢野康史さん プロフィール

あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。


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