アットタウンWEBマガジン

@歌壇 短歌への誘ひ

2024年05月16日

芽のうごく庭木の梢ひかりゐつ
 昨夜(よべ)の春雨たっぷり吸ひて
河野 澄恵



●素晴らしい印象派の絵画を見ているような気持にさせられる一首である。
初句から「芽のうごく」と、勿論かなり長時間じっとその木の芽を見つめていなければ、その成長は目に捉えられるほどの「うごき」ではないはずなので、これは心象詠であると理解できるのだが、一首を通し下の句と上の句を倒置法で表現することで、作者が一番言いたい「芽のうごく庭木の梢ひかりゐつ」を頭にもってくることが出来ている。ややもすると下の句の「昨夜(よべ)の春雨たっぷり吸ひて」が説明的表現と捉えられる心配も無くはないが、先ず初句に読む人をハッとさせる「芽のうごく」を持ってこられた勇気を称賛したい。
 作者にとって長く寒い冬の季節から、雨にもやっと少し温かな春の萌しを感じ始めた雨上がりの朝の庭に出て、庭木の芽も少し角(つの)ぐんできた喜びを、まるでカメラのズームレンズを通して最大限に表現しようとしている秀歌といえる一首である。



冬木立透かして見ゆる茜そら
 黒き枝えだ影絵の世界
岸元 弘子



●この短歌も前掲出歌「芽のうごく」の一首に並び映像が浮かんで来る歌である。
葉を落して魚の骨のように裸木となった冬木立、「透かして見える」と表現されているから幾本かの裸木が立っていて、作者はたしか犬を飼われているので夕方の犬の散歩帰りであろうか、西の夕空を見た時の印象的な風景を歌に詠まれたのだ。
 結句の「影絵の世界」が効いていて、裸木の枝々や幹がバックの茜空に照らされて黒く見える。影絵は障子やスクリーンなどに電灯やロウソクの灯りに、それを遮った手や指で作った形の陰を映し出して楽しむものであるが、この情景の場合、それの陰を映し出すスクリーンや障子が無くても、落日が作り出した夕茜という巨大な光源が冬木立の枝々のうしろから照らし、作者側から見ると強烈な逆光となり、木々が黒々と影絵のように見えるのである。空一面の茜色の中に立つ黒々と見える冬木立。それだけの場面であるが大変美しく作者の瞼に残っているのだろう。



姦しき中学女子らのお喋りに
 寒さに震うスカートも笑う
信清 小夜



●未だ寒さの残る早春詠であろう。作者には未だ未だ寒く少し着込まないと外に出られない時季であるが、学校帰りの女子中学生なのだろう時折立ち止まって数人の生徒たちが賑やかに談笑しているのに出会(でくわ)した。
 よく箸が転んでも可笑しくて・・・と比喩されるように取り留めもなさそうな話しでも、とにかく賑やかに笑っている少女らである。見ればこの寒さの中、短めのスカートの下は素足なのだ。下の句の「寒さに震うスカート」は作者の思いが寒そうで、実際には少女らの身体が笑いで震えていてスカートも震えていたのではないかと筆者は深読みしてしまう。だからこそ結句の「スカートも笑う」に結びついたのではないか?と。結句は完全に擬人法なのだが、擬人法を極端に嫌う短歌の指導者がいるが万葉集や平安時代の和歌などは擬人法が大流行(はやり)で詠まれていた。筆者はその作品に巧く表現されていれば目くじらを立てる理由は全く感じない。



おばあちゃん春になったら作ってた
 蓬団子はあんこたっぷり
河原 弘子



●この作品も現代短歌の典型である。三句目「作ってた」は完全に口語調であり、おまけに本来は「作っていた」のい抜き言葉である。短歌ではこのあたりも極端にダメ出しをされる指導者が多いのだが、ここ十年ほど前から中央のNHK短歌や角川短歌、新聞各紙の全国版歌壇ではかなりの短歌が口語調現代仮名使いを多く取り上げられるように変化してきている。
 筆者はこのような生活詠は、現代の生活の一部分を切り取って短歌に詠み込んでいるのだから、口語調現代仮名使いで詠む短歌の方が歌柄にマッチしていると思っている。こういう生活詠をわざわざ旧態依然とした文語調旧仮名短歌で詠むと逆にわざとらしく、喩えて言えば現代劇を歌舞伎調にして顔に隈取りを画いたり所作に大見得を切って演じるのに似た感じになるのではと危惧している。現代の生活詠であるこの歌は、このまま作者の素直な表現を活かした詠み方として支持したい。




今月の短歌

木に残る
柿のあまたの
円(つぶ)ら実が
茜の空に
溶けて暮れゆく
矢野 康史




矢野康史さん プロフィール

あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。


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