アットタウンWEBマガジン

短歌への誘ひ

2023年05月16日

@歌壇

好物のコーヒーの香を楽しみて
 深呼吸する穏やかな朝

山本 見佐子


●コーヒー好きの人には朝の部屋に煎れたての薫りが立ち込めると、その一日がさあ始まるぞ~!とリラックス出来てその効能は確かに有るのだろう。
 短歌は三十一文字で表現する文学であるが、正確に言えば三十一音だけですべてを表現し、この歌の場合はたった二十四文字で作者は自分の思いや感じている状況を他者に伝えている事になる。ただし、日本の文字の有り難さはスペイン語や英語など西洋のアルファベット文字のみの記述には無い、例えば漢字はその文字の形態を見ただけで伝わる情報を我々は無意識のうちに感じているし、平仮名は一音しか表せないが日本語のもつ柔らかさを、カタカナは平仮名にない外来語っぽさを感じさせたりもする。それらを駆使して紙に書かれた文字の隙間から、もしも読み手にコーヒーの薫りを届けられたら成功である。今後の勉強として直喩(楽しみて、穏やかな)を取り「好物のコーヒーの香を漂わせ今朝も習慣(ならい)の深呼吸する」としては?

早(さ)緑の木々の随(まにま)に薄紅を
 のこす桜に藤咲き零る

初岡 勢津子


●季節の移り変わりは本当に速いもので、つい最近まで朝起きるとまずストーブの火を点けて一日が始まっていたのだが、いつの間にか梅が咲き桜の花だよりに急(せ)かされて花見に一、二度出掛けたらあっという間に花を落し葉桜に替っている。
 さて掲出歌の作者は、その季節の移り変わりの速さ(この部分が直喩、いわゆる直接的比喩であり、その部分)をいわないで読み手にそれを感じさせる上級の手法を用いて、早緑の木々や、薄紅を残す桜といった事象の事実だけを表記し、その文字の組み合わせにより時節の経過の速さを表現し、結句の「藤咲き零る」と巧(うま)く纏(まと)めている。このように短歌は三十一音のみで表現する中で、少ない文字でも出来るだけ直接的な表現を抑え、歌を読んだ相手がその作者の心情や、歌が生まれた情景などを感じ取らせるように詠むのが秀歌と言われている。直接書かれていない文字の間から淋しさや嬉しさやワクワク感を感じさせるのが巧い短歌の醍醐味である。

暮れ泥(なず)む神戸北野は坂の街
 イルミネーション銀色の木々

神崎 民枝


●いかにもお洒落な神戸北野の坂道をぶらぶらウインドウ・ショッピングしている作者の様子が、夕暮れの時間帯と神戸北野という地名、坂の街という事実を表記するだけで、作者がお洒落な街を散策しているワクワク感や、おそらく?クリスマスのイルミネーションの電飾を纏(まと)い、銀色と化した街路樹を表現した下の句も合わせ、直接的比喩を一切使わなくても、それを読み手に感じさせられる歌になっている。
 短歌にとって、固有名詞である地名は例えば「奈良」と表記されただけで「まほろば」、京都の神社仏閣の優美さと少し違った古びた良さを感じさせたり、同じ都会でも「東京」と「横浜」では読者がそれぞれ微妙な違いを感じさせられるように「神戸」しかも「北野」と表記するだけで、ご存知の読み手はすぐその雰囲気まで感じられるし、その地を知らない読み手はどんな街なのだろう?と訪ねてみたくなったりするものである。短歌にとって固有名詞は重要なアイテム!と証明するような歌である。

川土手の春一番のうど菜摘み
 洗ふ小川に飛び散る薫り

堀内 あい子


●つい間違って記憶している場合が多いのだが、この「うど菜」はセリ科ハナウド属の山菜で、山独活(うど)や栽培されている白独活はウコギ科の大きくなると二㍍ほどにもなるまったく別の植物だそうで、この歌にある「うど菜」を山菜として食すのは主に岡山県の山間部で他の地域ではほとんど知られていないそうである。
作者は無類の山菜ハンターとして我々短歌仲間には知れ渡っている方であるが、山歩きに出掛ける時は常にどの辺りにどんな山菜が自生しているか、リサーチしているかのようにとても詳しく話される。掲出歌の「うど菜」は春を告げる山菜としてまだ小川の水が雪解け水のように冷たい、二月下旬から採れ始めるそうだが地面から出てきた若芽を摘み食すとセリと独活(うど)を合わせたような独特な苦味とアクの強さが春の薫りとして山菜好きにはたまらない。この一首下の句の「洗ふ小川に飛び散る薫り」と詠んだ作者の表現力が素晴らしい。早春の賦として秀歌である。




今月の短歌

初燕(つばめ)
卯月(うづき)の空を
切り裂きて
選挙の街に
高く飛び交(か)ふ

矢野 康史


矢野康史さん プロフィール
あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。



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