アットタウンWEBマガジン

「短歌への誘(いざな)ひ」

2024年04月16日

西、東、戦火の報聞くいたましさ
あの黒煙の下にひとびと


橋本 眞佐子

●万葉集はその大半が愛する人を想う相聞歌と、大切な人の死を悼むレクイエムつまり鎮魂歌で構成されている。筆者はこの歌を頂いた時、この短歌もある意味鎮魂歌ではないかと思った。内容から作者の特定の人を想い悼む詠ではない事は理解出来るのだが、昨今の世界各地で勃発している一方的な武力による政治解決に、常に弱者である女性や子供たちは為す術もなく逃げ惑い、大勢の人々がその場所に生まれて生活していたという事実だけで命を奪われてしまっているのだ。
 作者は新聞やテレビなどのニュース映像を見るたびに、その多くの弱者たちに自分を含め家族たちを重ねて心を塞いでいるのである。先日ある結社では読点は短歌に使わないとキッパリ言われていたが、筆者はその根拠が全く理解出来ない。確かに万葉集や和歌の時代にはそういう記号は使われてなかったが、明治の近代短歌の時代にはすでに、「」や折口信夫の短歌にも読点の入った歌があり名歌とされる。


枯れ岸を刈れば地を這ふ龍の髭
空より青き玉を抱きをり


白井 真澄

●作者は卆寿を迎えられて、昨年まで何度か入院を経験されている方である。
しかし意気軒昂で、晴れた日は毎日畑仕事をされたり庭の手入れを欠かさないので、掲出された歌から庭を縁取る龍の髭が、その青々と艶やかな実を数多見せてくれている様子が手に取るように理解出来る。
 龍の髭は暑さにも寒さにも強く日陰であっても地味ではあるが、草丈も大きくなりすぎず、その状態が龍や蛇の髭に見立てられてこの名が付いたようである。
作者は裏庭との境界である枯れ岸の草を刈っていて、龍の髭に見事な青い玉が沢山輝いているのに気が付いたのである。「龍の玉」はドラゴンボールだが、仏教では如意宝珠と言い、物質欲を満たしたり叶えてくれるものと言われている。
 この一首下の句の「空より青き玉を抱きをり」と、印象的な表現で纏められていて龍の髭の中に見出されたのは真の「如意宝珠」であったように詠われて巧い。


これ以上平たくならぬ吸い殻が
駅のホームでなお踏まれてる


田上 久美子

●現代の日常を切り取った、どこにでも普通に見られる情景を詠まれた短歌であるが、何故か心に遺る歌である。長年のコロナ禍が少し緩和され、令和5年の秋あたりからインバウンドで海外からの旅行客が急に街に溢れだした。筆者は特に外国の街に詳しいわけではないが、海外からの旅行者が日本の地に降りたって最初に持つ印象が、一様にどの街もどこに行っても清潔でゴミが落ちていないことに驚くそうで、公共の公衆トイレや駅のホームに落書きがほとんど無い!と言うのも日本人の国民性にあらためて好感度をアップさせていると聞く。
 作者は、普段清潔にされている駅のホームだからこそ、そこに無造作にポイ捨てされた煙草の吸い殻に目が行ったのである。雑踏の足許に捨てられた吸い殻は次々と踏まれてゆき、あっという間にこの掲出歌の状態になったのである。その吸い殻は作者にとって、ポイ捨ての本人その者と映ったのだろう。切り取り方が巧い。


黄昏れて往く人生を如何にせん
流るる儘に我が身を委ね


井上 襄子

●人はみな幼少期・青年期・壮年期とその人生を様々に過ごし、やがて老齢期を迎えるようになる。人間がすべてその老齢期まで命を永らえるという訳ではないのだが、こんにちの年齢人口の構図からも現代の社会を構成している多くの分野で老齢期の人たちの割合が増大しているのは否定できない事実である。
 作者も毎日の生活を多忙さに急(せ)かされながら過ごされているのだが、仕事と次の仕事とのふとした隙間や一日の予定が終り、買い物をして我家に帰る道すがら車の中から茜に染まる空を見て、みずからの老いを実感して溜め息をつくこともある。人生を一日に喩えればまさに老齢期は夕暮れ時、つまり黄昏(たそがれ)時(真には誰(た)そ彼で、暗くなりかけて近づいてくる彼が誰か見分けがつかなくなる頃)である。
 作者は毎日の疲労と心の疲れが重なって、つい溜め息交じりのこの一首が頭によぎったのである。下(しも)の句がそのままでは萎(しぼ)んでしまいそうなので、反骨心をみせて例えば「少しあらがひ恋の歌詠む」など上(かみ)の句を跳ね返す表現にされてみては?



今月の短歌

十六夜の
朧(おぼろ)の月の
花明かり
酔ふて微睡(まどろ)む
夢のあとさき

矢野 康史




矢野康史さん プロフィール

あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。



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