@歌壇
地下芝居に大見得を切る田ちゃんの
弁慶役のゲジゲジ眉毛
川上 悠子
●地下(ぢげ)芝居と言えば、各地の田舎芝居や備中神楽なども含まれるのかも知れないが、神楽は別の枠で語られるべきだと考えられるので、この地域で地下芝居はほぼ現在では横仙(よこせん)歌舞伎を指していると言っても過言ではないと思われる。
歌舞伎はご存知の通り出雲大社の巫女であった阿国(おくに)が芸能団を組織して各地を巡り、一六〇三年京都四条河原で念仏踊りを興業したのが始まりと言われ、最初は女性ばかりの舞踊から簡単な所作を取り入れた阿国歌舞伎へと発展させたものである。
阿国の巡った各地に、地下芝居、地下歌舞伎として以前は日本中の色々な地域で
小さいながらも回り舞台や花道を設えた芝居小屋が建てられ、農閑期や田植え後のお百姓の些細な楽しみとして邑々に残っていたものだが、今ではこの地域の横仙歌舞伎以外には殆ど見られなくなった。この横仙歌舞伎は衣裳も演技も本格的で筆者もこの横仙歌舞伎の大ファンである。この短歌のリアルさ迫力に拍手を送りたい。
玄関に黄とエンジの菊の鉢
丹精実り大輪揃う
信清 博史
●秋は菊作りに丹精を込められている人には、一年で一番晴れやかな季節なのであろう。以前から有名な城や寺院などの観光地では必ずと言ってよいほど、秋になると○○○大菊花展、とその観光地名を被せた菊花展が各地で展開され、大輪の三本立てや五本立て、立派な懸崖の花々が流れるように育てられたもの、そして必ずその年に話題になった人物を、物語のように人形仕立てにした菊人形展が、筆者が子供の頃にはよく見られたものだった。
この短歌の作者はご夫婦ともに庭に沢山の種類の草花を育てておられ、四季折々の花の歌を詠まれている。お宅の玄関先にも春は鈴蘭が咲きみだれ、その他にも美しい花々とその香りにいつも迎えられ、一年を通して何かしらの花を見せて頂ける。
さて掲出歌だが、一首の構成の大半が漢字で占められるのを考慮してか、二句目の色の表現の臙脂色の部分を片仮名表記にされたのであろうが、評価は分かれそう。
掛け声と鐘の音の中幼子の
弾ける笑顔山車(だし)に揺れゆく
小川 晴美
●秋祭りの一コマを写真に写したような情景が浮かぶ短歌である。
しかし写真ではその瞬間しか記録出来ない。山車(だし)を引っ張っている人達の掛け声や鐘の音、そして何よりおさな子の弾ける笑顔が山車の中で揺れながら引かれてゆくひとつのドラマの場面を、この短歌はたった三十一音で表現させている。
作者はまだ短歌を始めようとしたばかりなのだが、筆者としては若い世代の人たちが短歌に興味を持ってくれはじめたこと自体、大変有り難く思っている。
短歌はこの歌のように三十一音だけの文字を使い、人の表情や音や景色や花の香りまでも感じさせることが出来る、日本古来の文学である。この短歌という文学から日本人は中国から伝わった漢字を、一音ずつ日本の言葉に当て、その漢字を崩す事によって独自の平仮名を生み出していったのだ。いわば短歌(和歌)は日本の文字を生み出す元になった文学なのである。この作者もこれからどんどん勉強を重ね素晴らしい短歌を生み出される事を願ってやまないし、その協力も惜しまない。
わくら葉の舞い散る小径(こみち)歩みつつ
晩夏の名残惜しみてやまぬ
岸元 弘子
●わくら葉は、新緑の若葉が夏の緑が濃い葉になり広葉樹は紅葉して冬の訪れとともに枯れ葉となって散ってゆく葉とは違って、漢字で書けば病葉(わくらば)で命をまっとうする前に、つまり秋や冬がくる前に枝から落ちてしまう葉っぱのことである。
葉っぱのフレディー ―いのちの旅― と言うレオ・バスカーリア作の童話がある。
文字通り葉っぱが木の枝に生まれてから落ち葉となって散ってゆくまでを、いのちの大切さや無駄なものなど何もない!いのちが無くなる事さえも次の新しいいのちの力になるのだから、怖いことではないんだよ!と絵本で説いている。
この短歌の作者は、その童話とは別に作者自身、夏が去ってゆくのを名残惜しくてこの歌を詠んだのだ。今年の夏は殊の外残暑が厳しく秋になってもいつまでも晩夏を思わせる気温が続いたのだが、去りゆく夏を名残惜しむ小道具としては上の句「わくら葉の舞い散る小径(こみち)」はうってつけの情景描写であり、表現力が巧みである。
今月の短歌
山径(やまみち)に
野生の仔鹿
立ちふさぎ
異次元の眼に
我を凝視す
矢野 康史
矢野康史さん プロフィール
あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。
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