@歌壇
長月の終わりも近く夕暮れて
風無き残暑風鈴しずか
山本 見佐子
●この一首を頂いた時、なんと流れの佳い素直な表現の歌だろう!と感じた。
写生短歌と言われ、短歌の真髄は生の儘を写し取る事にある。と多くの大歌人や先輩先生方から伝えられているが、この歌も目を閉じて読み返すとその情景がマジマジと目の前に浮かんで来る。
「瀬戸の夕凪」という瀬戸内海沿岸地域に昔から言われている、夕方になると吹いていた風がピタリと止り、特に残暑の頃は暑さが堪える時間帯がある。筆者も以前岡山県の南部に住んでいた時、この歌の下の句「風無き残暑風鈴しずか」の情景は身に染みている。この歌はその地方を歌ったものでは無いであろうが、一(ひと)仕事終えてほっとした瞬間を切り取った歌なのではないだろうか、一心不乱に仕事をしていて九月も晦日に近いのに、なかなか涼しくなってくれない。そう言えば風鈴も鳴っていない。下の句に作者の秋の涼風を待つ願望が隠されている。
シニヨンの乙女のうなじやはらかに
清しき眉に毅(つよ)き意志見ゆ
橋本 眞佐子
●シニヨンは女性のヘアスタイルで、後ろ髪をお団子に束ねたもので、本来髷(まげ)をさす言葉と辞書にはある。その髷のキャップや飾りも含めてシニヨンと呼ぶそうで、このシニヨンの乙女と作者の関係は不明だが、結句に「毅き意志見ゆ」とあるのでご家族なみに近しい存在の少女なのであろう。
この短歌から作者が一人の少女に向けている眼差しの強さを感じさせられる。それは「うなじやはらかに」から「清しき眉」と外面の表現に始まり結句の「毅き意志見ゆ」と少女の内面まで作者の眼差しが届いているからであろう。
Z世代と言われ新人類からなお進化し続ける現代の若者を、作者は雑念を入れず冷静に見守っているのかも知れない。筆者の穿った見方かもしれないが、作者はこの少女に作者自身の想いを投影しているのではないだろうか?と思っている。
シニヨンという初句は現代短歌に挑戦しようとする作者の強い意欲を感じさせる。
齢増して孤独なるゆゑ侘しきも
周りの方に援助されつつ
萬代 民子
●作者は高齢な上にこの歌から独り住まいを感じさせる「孤独なるゆゑ侘しき」と、日々の心情をこの一首に吐露している。
若い頃はご主人を扶け子供達も立派に育てあげ、農家の仕事も人並みには熟し田畑を増やすために、朝は朝星夜は夜星、朝まだ暗いうちから働いて、夜も暗くて辺りが見えなくなるくらいまで働いたという。子供達を全員嫁がせて、さあこれからご主人と二人っきりの水入らずと思った矢先に、最愛のご主人に旅立たれてしまったそうだ。それからも作者は気丈に大きな農家を一人で切り盛りし、外に出て遊ぶ事すら考えもしないほど、朝起きると畑や田に出て野菜作りや米を男のように働いて過ごしていたが、ご近所の方から「たまには山に遊びに行ったり短歌を作ってみたり、心に余裕のある生活をしてみたら?」と誘われ短歌を始められたと聞く。今では農作業も多くの周りの人たちから暖かく助けられているが、作者本人が日頃から周りの人たちと助け合って来られていた農村の形態を知る短歌となった。
仲秋の名月独り庭に出て
一献かたむけ月愛でるかな
河原 洋文
●今年は九月二十九日が旧暦八月十五日の仲秋の名月であった。
例年になく厳しい残暑が続いていたので、その数日前までは「仲秋の名月」が近づいてきている感覚さえ筆者は持っていなかったが、当日は帳尻を合わせたように夕方から僅かに冷気が漂い、秋の虫たちの生演奏もBGMで雰囲気作りを手助けして気付けば完全に「お月見」のお膳立てが出来上がっていたように思える日であった。嬉しいことに作者もこの名月と向かい合って歌を詠まれたのだ。
そして何よりも、申し分ない天候で二三日前までは雨や曇りの日が続いていたが、前日の待つ宵月(十四夜)あたりから雲が少なくなっていき、名月当夜それはそれは見事にほぼ邪魔な雲一つ無い名月は、正に天からの贈り物であった。
この作者とまったく同じに筆者もこの夜は、独りで庭に椅子を出し台の上に丸盆を乗せ、今夜ばかりは呑み相手は名月のみ!と手酌に一献、風流人を決め込んで夜長を楽しんでいた。作者も短歌を始められて立派な風流人になられたようである。
今月の短歌
照りつける
午後の陽射しも
和(やわ)らみて
満天星(どうだんつつじ)
はつか赤らむ
矢野 康史
矢野康史さん プロフィール
あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。
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