アットタウンWEBマガジン

美咲郷土かるた「な」行編

美咲郷土かるたで、美咲町を知ろう!

な 片上鉄道
かつての柵原鉱山~備前市片上港(瀬戸内海)まで鉱石や人を運んでいた鉄道。吉ヶ原駅構内に「柵原鉱山資料館」が建てられ公園も整備された当時の貨物や客車の展示保存をしている。毎月第一日曜日には客車が運転され試乗もできて賑わっている。

に 高瀬舟
河川を航行するための底の浅い木造船。岡山三大河川が発祥の地で、室町時代から高瀬舟が往来し米、薪、炭、茶などを運ぶ交通運輸の要路だった。下り荷は川の流れで楽に運ばれたが、上り荷は人や馬が舟を引いて河岸を歩いて運ぶ重荷であった。

ぬ 光後玉江
1830(天保元)年~1905(明治38)年。錦織に生まれる。幼名は秦浪江。津山藩野上玄幽に入門し、医術と産科の修行をする。剃髪し、自宅で開業。女性医師の少ない時代、47年間も地域医療に尽くし、多くの患者を救った。興禅寺に「処剤録」が遺されている。

ね 念仏踊り
南八柳(みなみはっちゃき)では、毎年8月7日、太鼓をつけた4人と念仏鉦を持った6人が拍子に合わせて太鼓や鉦をたたき、とびはねて踊り、先祖供養と五穀豊穣、健康を祈って踊る。

の 南和気壮
柵原鉱山の鉱石は大部分が硫化鉄鉱石で肥料や布の原料になっていた。最盛期は月産7万トンの鉱石を産出していた東洋一の硫化鉄鉱山だったが、1991(平成3)年に70年余りの歴史に幕を下ろした。

関連する情報

人気記事

新着記事