アットタウンWEBマガジン

@歌壇  短歌への誘(いざな)ひ

2022年07月15日

医王山今年も尼子の旗あがる
 鯉のぼり五匹寄り添い泳ぐ

早瀬 榮


●この医王山と言うのは津山市吉見に有る、標高343mの中世の山城跡である。因幡と美作を結ぶ街道を臨む低い山頂に位置していたため、何度も戦に巻き込まれあるときは尼子方、あるときは宇喜多方にと城主も様々に代わったとされている。
 筆者の友人もこの山城の近くに住み、土地柄からか山城に興味を持たれ、特にこの医王山城の整備にも尽力されたり、美作地域の山城の掘り起こしを色々されて中世山城サミットを企画され、城博士として名高い奈良大学教授の千田嘉博氏とも親交を持たれ地域振興に協力されているようである。
 さて、掲載歌であるが、作者は地元の方で近年の山城ブームで整備された山頂に今年も五匹の鯉のぼりが泳ぐ様を見て、この二~三年コロナ禍で登城が下火になりかけていた淋しさから安堵され、災禍の退散を祷らずには居れなかったのだ。固有名詞を短歌に詠み込む手法は、読み手の興味を引くことになり佳い歌である。

清里の牧場(まきば)に群れいる羊らよ
 夏雲となり空へおかえり

田上 久美子


●この歌も前の掲載歌と同じで、清里という具体的な場所が表記されている。清里は山梨県の八ケ岳南東麓に広がる高原の保養地として有名である。高度成長期には、アンノン族と言われた若者が押し寄せ、お洒落なペンションや店が犇めくように建ち並び、牧場を訪れる観光客も膨れ上がっていたがやがてバブルが弾けるとタレントショップなども次々に撤退し、今は元の静かな牧草地が広がる高原である。
 作者は現地近くに住んでいる友人に案内されて清里を訪れたと言い、高原の牧場に群れていた羊たちが、のんびりと草を食む情景が何とも新鮮に目に焼き付いたのだと言う。清々しい映像を想わせる現代的な表現の一首である。
 牧草の緑一色の広々としてなだらかな牧場に群れている白い羊たちを、作者は青空に浮ぶ雲、羊雲と見立てて真っ青な夏の空へ帰ってお行き! と心の声で叫んでいるのであろう。上の句に対する下の句の発想がこの作者の個性を表す秀歌である。

青嵐の雨に打たれて咲く牡丹
 家主(あるじ)にも似て赫(あか)こそよけれ

福島 明子


●この一首を鑑賞していて、作者の人生を観照させられている感覚に気付いた歌で上の句の「青嵐」は五月の青葉を揺らす春の嵐である。その風雨に打たれ庭の牡丹が咲いている。ご存知のように牡丹の花は咲き極まると崩れるように花を落とすので、雨風に負けずに咲いているのは、まだ咲ききっていなくて漸く待ち望んだ花が開きかけた状態で未だしっかりしていたのだろう。
 その状態の牡丹が家主の自分に似ていて、しかも赫色こそ(こそは強調を表す係助詞)よけれ(佳(よ)+けれ→助動詞「けり」の已然形(いぜんけい))と古風めく結句にしたのは、風雨に負けず赫く咲く牡丹を、自分に重ねさらに強い覚悟を詠み込んだのだろう。
 作者とはまだこの短歌を頂いた時が最初の出逢いで、ほとんど歌会以外の会話をしていないので、彼女の為人(ひととなり)を知る由もないのだが、この歌からは芯の強い少し古風な感覚を持たれている人という印象を受けた。精進し上達して欲しい方である。

数独の基本学ぶと奥深く
 暇さえあれば挑戦つづく

信清 博史


●数独とは縦九マス、横九マスで、縦横三マスの所が太枠に仕切られていて、それぞれのマスの中に一から九までの数字が重ならないで、一個ずつ入るように考えて入れていくゲームで、最近脳トレに良いとブームになっているようである。
 作者は囲碁も熱心で碁会所にもよく通われているようだが、最近この「数独」に嵌っていて、夜更かしをしてしまうらしい。確かに囲碁だと相手が要るし、負ければ悔しくてむしゃくしゃしてしまうが、数独(ナンプレとも言う)は独りで出来るので相手を探さなくて良い。自分のレベルに合った難易度の問題から入れるし最初は難解なようだが、意外にコツが有るようで解けだすと面白く嵌ってしまう。
 さて短歌だが、一読して分かり易く流れも良い歌のようであるが、結句の「挑戦つづく」は本来「挑戦つづける」と他動詞でなく自動詞とするべきではないか? 細かい点を見落としがちだが、「暇をみつけてさらに挑戦」くらいではいかがか?



今月の短歌

東雲(しののめ)の
明け初(そ)む空は
白(しら)みゆき
グラデーションの
妙(たへ)なる変化(へんげ)

矢野 康史


矢野康史さん
プロフィール


あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。



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