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昭和、平成、令和を盛り上げる 

イベント、音楽、観光の仕掛け人 河部克己さん

スタジオK2、エイコ美容室などを展開する(有)プランニングオフィスK2の河部克己会長の発想と実行力はいまだフル稼働だ。

さくらまつりの忍者イベントは大成功 

今年の「津山さくらまつり」では忍者迷路・忍者ショーなど、忍者関連の遊び場を、津山城本丸で繰り広げた。
イベントがはじまると同時に行列ができ、ステージイベントでは熱心なファンが見入っていた。
河部さんご自身も忍者の衣装に身を包み参加者と一緒になって楽しんでいる様子だが、安全にイベントを行うための目はしっかりと全体を見ていた。



若者の応援をしてきた

今では「ライブ」「ライブハウス」と一般的に使われている言葉だが、昭和60(1985)年の津山で「ライブハウス」のはしり「ロフト村」が立ち上がった。
これは河部さんの「若者を応援したい」と言う気持ちに他ならなかった。

音楽を愛する人たちを応援したいと、現在ピアノ工房アムズを営む松岡一夫さんたちがバンド活動をしていた頃、練習場を提供。
そのころから若者に慕われ頼りにされていた。
これがスタジオK2の原点となる。

河部さんのたずさわった事業はとても多く一言では言い切れないが「ニューメディアのトータルプランナー」として、映像、照明音響などコンピューター情報関連事業を取り扱っていたのが昭和の終わりだ。




平成を駆け抜ける

平成になり、バンドブームの頃には多くの若者が「K2」に集い、津山の一大音楽シーンを築いた。

多くの芸能人を津山に呼んだのも河部さんのアイデアやコネクションを駆使したことであったし、コネクションは河部さんが若いころから「人とのご縁を大切にし、アイデアをいただき、自分なりに勉強し、動く」という謙虚で真剣な姿勢を貫いたたまものだ。




心に残るイベント

今までの数々の事業の中で、心に残っているのは、平成初期、旭町(現美咲町)の町おこしとして、三休公園などの桜の名所でチェリーウエディングをプロデュースしたこと。
それを実施するために北海道・富良野にラベンダーウエディングを見学学習に行ったほど。
全国から申し込みを受け付け、テレビ局、ラジオなどでのPRも行い、大企業からのスポンサーもついたという。
「今では考えられない少ない予算だったが7年間続き大成功したと思っています。達成感でいっぱいでした」と当時を振り返る。



作州忍者鶴山隊の克丸は郷土の ために

子どものころからお城山として親しんでいた鶴山公園でイベントをしようと決めた。
「私は作州にこだわりたかったんです、名前は作州忍者鶴山(つるやま)隊の克丸と名乗っています」、郷土史家のみなさんやダンスチーム・苺壱珠などと協力し、さくらまつりを盛り上げた。




アイデアが浮かんだら、調べる、勉強をする、人や土地と繋がり交流を大切にする。
「私には頼れる人がいる、教えてくれる人がいる、いつも感謝しています。そして楽しいことをやっていきます」とまだまだ河部さんの活躍は続く。
(取材ライティング・武本明波)

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