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猫多川賞受賞作家マタタビニャンキチ先生物語~最終章~ちっぽけなプライド(前編)

2020年02月01日

小生、猫多川賞受賞作家マタタビニャンキチがまだ無名だった頃の話である。

小生はハード・オフのスタッフからJAZZ喫茶邪美館のスタッフ至るまで、様々な職種でアルバイトをしながら、空いた時間に猫多川賞を目指して、日々、純文学の小説を執筆していたフリーターだった。

例に挙げたJAZZ喫茶のスタッフとハード・オフのスタッフをしていたことには理由がある。

ハード・オフでは、気前のいい河本オーナーにパソコンやワードソフトなどを社員割引より安い値段でニャンキチにも格安で譲ってもらえたからである。
また、JAZZ喫茶では廃盤となってしまった大好きなJAZZの曲や歌詞が聴けた上、お客さんで来るトラックの運転手から、独立開業した元勤務医の病院の先生まで、貴重な小説のネタになるお話が沢山聴けたからである。

その開業医の一人の折田先生はこう呟いた。
「開業なんてするんじゃなかった」。
開業当初は、製薬会社のプロパーの接待を受けて高級クラブ通い。
高級酒も飲み放題、クラブの才色兼備の女性たちにもモテまくる。

営業マンの方も、クリニック1件丸々独占で入れればかなり美味しいのであろう。
かなり気を使っているのが分かる。

しかし、開業すると医者の腕だけではなく経営者としての手腕も問われるのだ。
せっかく、勤務医時代に買ったモルディブの別荘も、全く休みにゆくことが出来なくなってしまったので売り払ってしまった。
医療機器も日々、高性能化してゆくので患者を獲得するためにも、新しい機器を導入せざるを得ない。
頭を悩ますことが一杯らしい。

ニャンキチが折田先生がオーダーしたカクテルのカミカゼを丁寧に差し出すと、
「はぁ~~~」っとJAZZ喫茶の他のカウンターのお客様まで不快にするような深い溜息を
ついた。
「この人は人前で溜息をついては悩みが深いんだろうか?」
とニャンキチは思った。

以前、1度だけ、ニャンキチは折田先生に自分の猫多川賞に応募前の純文学の小説「聖女の微笑み」を読んでもらったことがある。
その時、ニャンキチは「自己愛が強すぎる小説だ、くだらないプライドなど捨ててしまえ」とお叱りを受けてしまったのだ。

ニャンキチにだって一抹のプライドぐらいあるが、JAZZ喫茶のマスターや他のお客様の手前、喧嘩する訳にもいかず。
「日本ではプライドは捨てるものだが、欧米諸国ではプライドは飲み込むものなんだ!!!
飲み込める程度のちっぽけなプライドなら、最初からないほうがいい!!!」と、心の中で、捨てゼリフを吐き捨てて、バックヤードで「ゴクリ……」とプライドを誇りとして飲み込んだ。

実は、ニャンキチは少し不眠症の気があり通院をしている。
掛かりつけのクリニックで主治医に、折田先生の話をした。
『小説は小説だからね、自己愛とかあんまり気にしないでね。小説を執筆するという生き甲斐の方がよほど大事なんだから……』
高木先生はニャンキチに優しく話してくれた。

ニャンキチはやはり高木先生はいい先生だと心で思いながら、暖かい春の木漏れ日の中を散歩するようなポカポカとした気持ちになった。

高木先生の言葉で、投げやり的になったいた自分の気持ちを持ち直し、そのおかげで翌年の第225回猫多川賞を小生の小説「聖女の微笑み」が見事受賞することになるのである。

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