アットタウンWEBマガジン

短歌への誘ひ

2021年04月22日

屈(くぐ)まりてよもぎ摘みゐるそのせつな
 鶯のこゑ春風に透く

河野 澄恵


●今年の春は駆け足で訪れた。世の中はコロナ禍で世界中に恐怖の風が吹き荒れていて、自粛で不急不要の外出はしないよう制約され、非常に窮屈な思いで生活を送っている人たちが多いのではないだろうか。
 しかし、大自然の営みは恬然として自若、人間どもの慌てようを天高く眺めながらも、地上の生物に満遍な摂理を施している。遅霜の白く輝いていた畑にも、気が付けば今朝は蓬(よもぎ)の若緑が目に入り、作者はいそいそとそのよもぎを摘んだのである。その瞬間に何処からか鶯の声がした。おそらく初音に違いない。
 鶯は不思議な鳥である。初音はまだ「ホーホケキョ」となかなか整わないのだが、あっ鶯だ! と気付かされる。しかも声はすれども、その姿をほとんど見られることはない。初句の「屈まりて」の具象が端的であり、鶯の声の特徴を捕らえて「春風に透く」と表現するあたりが素晴らしい。上級者の秀歌である。

吹く風と瀬戸内の海ひとり占め
 人影躍るウインドサーフィン

清水 美智子


●若々しい爽やかな歌である。映画やテレビドラマのワンシーンを思い浮かべるような情景が三十一文字に巧く歌い込まれている。
 最初は作者がウインドサーフィンをしているのかと思ったが、四句目の「人影躍る」とあるので、彼女は傍観者であることが分かる。
 しかしこのウインドサーファーと同じくらい、作者も一体となって潮風と瀬戸の海を独り占めしている感覚で歌を詠んでいるのである。歌を鑑賞する側までも錯覚させてしまう。実は筆者もその現場にいるような臨場感をこの歌に持った。
 作者も多趣味な方で、山歩きを通して草木などの知識が豊富であり、短歌へのアンテナも幅広く、まだまだどんどん作歌力が付く人だと期待している。
 表出の短歌から感じられるように、スポーツ好きでフットワークも良くすべてに前向きな女性である。これからも精進されて益々歌作りに励んで頂きたい。

春めいた後日(あと)の北風身に染みる
 背中丸めて学童(こら)を見守る

三好 多恵子


●通学の学童らの安全を見守るために、ボランティアで横断歩道に立っておられる方々を、筆者は見かける度に頭が下がる思いになる。
 作者は、暖かくなってきてボランティアに出るのも少し楽になるかと思ったら寒の戻りで、今日は背中を丸めて子供たちを見守ることになった。その子供たちも寒かろうと、愛情の眼差しで見守っている様子がこの一首の語句外から感じられる。短歌は書かれている三十一文字以外からも伝わるものが有ると尚良い。
 表出の歌の作者も多趣味であり、友人も多く明るく他人のお世話をよくされる素晴らしい人である。短歌を始められ益々感性が豊かになられた気がする。
 ただこの歌の場合、惜しい箇所が一つ有る。このままだと「春めいた後日(あと)の北風身に染みる」と「背中丸めて学童(こら)を見守る」の上の句と下の句が切れてしまう。
「春めいた後日(あと)の北風身に染みて背中を丸め学童(こら)見守る」とすると流れも良い。

人目惹く赤い花桃庭に植え
 天(そら)より見ている父母の供養に

ハル 


●すでにご両親を葬送(おく)られて、ご兄姉も亡くされている作者である。気強く毎日仕事をされているが、彼女の心の中にはいつもご両親やご兄姉が棲んでいると言う。誰にでも自分を此の世に産んでくれた父と母がいるのだが、必ず別離を経験することになる。生前、筆者のように親子の縁が薄かった者や親子仲が悪かった人でも、親を亡くしてから「もっと親孝行しておけば良かった」と気付くもので、ましてこの作者の場合は生前のご両親のお世話をよくされていたと聞く。
 しかしどんなに親孝行を尽くしていても、必ず「もっともっと孝行しておけば良かった」と悔やむ人がほとんどであろう。
 表出の歌だが、毎日の生活の中で常に亡き父母を慕って生きている作者の思いが強く感じられる短歌である。おそらく真っ赤な花桃はご両親が好まれていた花で、実家の庭にも咲いていたのかもしれない。作者の優しさが感じられる。



今月の短歌

小惑星
イトカワの土
採取せし    
はやぶさ宇宙(そら)を
七年の旅  


矢野 康史



矢野康史さん
プロフィール

あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。

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