アットタウンWEBマガジン

短歌への誘ひ

2023年08月13日


雨上がり真白き雲を背負いつつ
 くっきりどっしり緑の那岐山

河原 弘子


●安定感の感じられる短歌である。梅雨晴れに見た那岐山の情景を、三十一文字で絵を描くように表現されている。
 短歌の場合、文字や言葉の表現力でしかその情景を他人に伝える方法を有しない。
この歌では「真白き雲を背負いつつ」と少し擬人法的な表現になっているが、この三句目の「背負いつつ」が作者の個性的表現として、この歌を独特の雰囲気に持ち込み四句目の「くっきりどっしり」と形容詞の連打で、これでどうだ!と言わんばかりに結句の「緑の那岐山」と固有名詞で止め、ぐっと安定感を印象づけている。
 この地方の言い伝えに「那岐の枕雲」というのが有り、那岐山に枕のような雲が横に棚引いてかかると雨が降る前触れ。と言われているのだが、この歌の時は雨上りの登り霧が山肌を這い上っていくように見え、作者が「真白き雲を背負いつつ」と個性的な表現を使われたのだと思う。ありふれた表現にしない作者の思いが良い。



大相撲日本の国技と誇るなら
 モンゴルさんに負けず頑張れ

信清 博史


●この短歌の作者は野球をはじめスポーツ全般観賞されるのが趣味と言われ、各種のスポーツ観戦の様子を、歌に詠まれるケースが多く見られる。
 さて、この短歌を読めば相撲好きの方でなくても、新聞やテレビなどで現在の相撲界の力士が国際的になっている現実をまったく知らない人は居ないと思うので、“そうだよな~”と同感の溜め息が聞こえてきそうである。
 筆者が子供の頃は大鵬・柏戸時代、そしてウルフ千代の富士、若乃花・貴乃花の若・貴時代と、時代は変わっても横綱は常に日本の力士がその中心にいて、土俵を沸かしてきたものだ。確かに国技と言えども、すべての競技が国際的に争われる時代である。日本で生まれた柔道ですら今や競技人口は、フランスなど他国の方が多いのである。モンゴルにも、元々モンゴル相撲という競技があると聞く。作者は日本贔屓の悔しさを抑えて「モンゴルさんに」と少しだけ敬意を表現して微笑ましい。



真夜中の峠のカーブ曲がる時
 ライトに浮かぶ二頭の牡鹿

花村 輝代


●この短歌に出会い、本当に近頃山里に野生の鹿を多く見るようになったので、“さも有りなん”と思わず頷いてしまった。山裾で生活されている家では、今までは猪に畑や庭が荒らされていたようだが、この頃は鹿の獣害の方が多くなっていると聞く。実は筆者もこの歌と同じ経験をこの三年間に二度しているので、この状態がよく理解できる。その他にも郊外のレストランに食事に行った時、窓の外に家族連れと思われる野生の鹿数頭が木の皮をかじっていて驚いた事があり、意外に身近に野生の鹿の生態域が広がってきていることを知った。
 さて掲出歌だが、作者は真夜中に外出先から車で帰宅していた時の出来事を短歌に詠まれたのだと思う。この場合車窓より、とか車にてなどの説明的な表現を使われるケースが多いが、この歌の場合「峠のカーブ」と「ライトに浮かぶ」の表現で、作者が車の中にいることを間接的に読み手に伝えていて、評価のできる短歌である。



お出かけの着物選びはウキウキと
 緑の中に蕩(とろ)ける心地

稲垣 晶子


●なんと女性らしい短歌であろうか。作者には着物好きの友人もいるようで、時折その友人と着物を着てお出掛けをするらしく、あれこれと着ていく着物を選んでいるのであろう。作者にとってお出かけは、既にその瞬間から始まっているのであり、出かける場所や一緒に行く友人たちとのマッチングなど、彼女の頭の中は様々なシチュエーションが駆け巡りウキウキしているのだと感じられる。
 しかも、お出かけ場所かその季節が緑に囲まれているのだろう。下の句の「緑の中に蕩ける心地」と女性らしい素直な表現で、歌全体で自分の嬉しさを読み手に伝えようとしている。ともすれば「嬉しい」とか「楽しみに」とか直喩(直接的比喩)で表現する短歌になりがちだが、結句の「蕩ける心地」とほんの少し間接的比喩を使いながらも、抑えきれないほどの嬉しさを読み手にどうしても伝えたいのである。
作者はまだ短歌を始めたばかりであるが、日々勉強熱心で上達の早い人である。


今月の短歌


公園の
雨降り頻(しき)る
池に咲く
真白き蓮(はす)は
仏(ほとけ)の化身

矢野 康史





矢野康史さん プロフィール

あさかげ短歌会津山支社代表。全国あさかげ短歌会代表。津山市西苫田公民館と一宮公民館の2カ所で短歌教室を指導している。津山市文化協会副会長。


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