「……それで、お話のつづきなんですけど」とPORT ART&DESIGN TSUYAMA(ポート アート&デザイン) 津山の学芸員をしている中尾美穂さんは、愛嬌がありながらも黒目がちな大きな瞳を再び鋭くして、まるで高級デパートの休憩室にいる女性たちのように一方的に饒舌に喋りはじめた。
PORT ART&DESIGN TSUYAMA(ポート アート&デザイン) 津山は5年間フランスのパリで暮らしていた館長が采配を揮っている芸術文化の交流拠点施設である。
過去には、切り絵作家の中村敦臣氏や、陶芸家の風之窯の美藤康夫氏などが個展を開いている。
「とにかく素晴らしい才能のある方なんだけど、ものすごく変わった方なんです」
彼女は、訴えるように話を続ける。「なるほど」小生は相打ちを入れる。
「倉敷美術工芸繊維大学に半年ほど通ったんですけど、大学で講義を受けるカリグラフィーなどをはじめ全てにどうにも納得がいかなくて、そこを中退して、船員としてスリランカ行きの貨物船にのりこんだそうなんです。ロザリオだけを握りしめて……」
「うん」確かに変わった人だ。
さらに彼女の話は飛躍を続ける。
「……でも貨物船がインドについた時に、たまたま飲んだバング・ラッシーで赤痢に罹患して、船に乗れなくなったそうなんです。そしてツンドラのホスピタルに3ヶ月ほど入院していたらしいんですけど、彼は赤痢が他の乗客に感染してはいけないのでインドにポツンと取り残されてしまったそうなんです」
とんでもない展開に思わず「それは大変だ」とつぶやく。
「……でも焦たって仕方ない……ってわけで、彼はツンドラに腰を据えて、生活のためにツンドラのホテル・クンブメーラのレストランでシタールと横笛とパーカッションのアンサンブルの生演奏にのってヴォーカルをはじめたそうなんです。彼はすごく歌がうまいそうですから。あの唄は一聴の価値はあるそうなんです。」
そんな人が船員にって?話出来すぎ。って突っ込みたを入れたくなったが言葉にはできず「へー!才能あるんだ。」なんて答える。
そしてさらに、彼女の話は突き進む。
「そうこうするうちに、あるギリシャの海運王の億万長者が彼を見いだして、自分は貴族客船をもっていて世界中をまたにかけて旅行しているんだが、そこのレストラン・ロートシルトの歌手にならないか?って話を持ちかけらたれそうなんです。」
まあ、そうなるわな。
みたいな感じで話を聞きながら、「とっても、おいしい話じゃないか」と相槌を入れると、彼女の話もさらに最好調になる。
「ところが本当はそうでもなくて、そのギリシャの海運王とは名ばかりで、貴族という名目の客船は入国審査がノーチェックだったそうですから、大量の覚醒剤を運ぶ密輸業者だったそうなんです。本当にとんだ食わせ者です。彼はここから一刻も早く逃げ出さねばと思ったらしいんですが。……でも、それがわかったのはキプロス島まで約7㎞……おまけに貪欲な鮫もうじゃうじゃいる。」
「絶体絶命だね。」アニメのような展開にもう理解できるレベルを超えている。
そして、さらにさらに信じれない話の展開に、「……でも、彼は水泳だけがスポーツで得意だったそうですから、パスポートと身銭をビニールに包み込んで夜中に海に飛び込んでキプロス島の海岸まで泳いじゃったそうなんです。」
おいっ!心の中でツッコミながら「強靱なサヴァイバル能力だね。」でもちょっと待て!えっ!7キロの遠泳?ってか、サメが”うじゃじゃ”なんじゃ?と思ったが、彼女の話にのめり込んでしまった自分が続きを聞きたがる。
「それから、彼はシリアに渡航してイラク、ペルシャ……いえ今のイラン、パキスタン、再びインドを鉄道で乗り換えながらネパールに辿りついたそうなんです。何度も異教徒という理不尽な理由で殺されかけながらも……」
良くわからんが、とにかく「素晴らしい」シリアやイラクを旅するなんて、小生の常識では考えられない。
猫多川賞受賞作家マタタビニャンキチ先生物語~PORT ART&DESIGN TSUYAMA(ポート アート&デザイン) 津山の黄昏【前編】
2019年08月11日